ホーム >> 刊行物 >> 安衛研ニュース >> No.16 (2009-10-02) >> コラム JNIOSH-NEWS No15-X 文化の断絶
JNIOSH-NEWS No15-X
文化の断絶
いま社会では、航空・鉄道事故調査委員会への働きかけ問題が注目を浴びている。
そんな中で昔の話ばかりで恐縮だが、前回まで寄附から昭和17年に産業安全研究
所が設立された話を書いた。当時の文書は産業安全研究所の所長間で代々引き継
がれているが、それらが書かれたのはほんの6、70年前のことであるのに日本の文
化が変わっており、今の我々には遠いものとなっていることを感じる。
伊藤一郎先生の寄附願いは前々号で紹介した。これは蒲生俊文氏と相談して文案
を定め、ご自分でタイプに打たれた1) とのことであるが、候文で書
かれており、今読み返してみると格調の高さを感じる。これが特に一大事業の発
議であるのでこのような文章にしたのかというと、必ずしもそうではないようだ。
この寄附願いの後、当時の厚生省から業界への呼びかけがあり、それに呼応して
各社から寄附の申し入れが続いている。手元に残された資料で前の方に綴じられ
たいくつかを紹介すると、いずれも候文による記述となっている。特に、松下電
器産業(株)からの寄附申し入れは毛筆で記されている。
署名から松下幸之助社長自らの筆とも想像されるが、今日これを読める人は少な いのであろう。かくいう私も部分的にはわかるが読めるとは言えない。人に頼ん で一部を仮名に直してもらったところ下記になるそうである。
これを受けたと思われる礼状が下記。
これも候文であり、今この文を起案せよと言われても困る。当時おそらく普通に
交わされていたであろう公用文書が既に遠い存在になってしまっている。時代劇
には字が読めない「無学」の者が出てくるが、我々もこの時代であればそれと同
じく字の読めない者に分類されてしまうのであろう。願わくは、安全衛生の技術
はきちんと伝わってほしいものであるが、最近は掲示が読めないための事故もあ
ると聞く。文化の伝承は難しい。
(理事長 前田豊)
文献:
1) 伊藤一郎、思い出、安全と衛生10巻11号(昭和27年)、産業労働福利協会


