労働安全衛生総合研究所

エレベーターの危険性

1.はじめに


 産業機械による労働災害は工場などの産業現場の出来事であるからと、身近には感じない方は多いでしょう。しかし、意外と皆様の身近な場所でも労働災害は起きています。エレベーターによる災害がその代表例です。一般の方々が同じような被害にあわないとは限りません。
 外形は似たものが多いエレベーターですが機能や性能は様々です。エレベーターはどれも同じと、いつもながらの所作で思わぬけがをすることがありえます。このコラムではエレベーターの危険性と当研究所で実施している災害防止のための研究について御紹介いたします。

2.エレベーターの管理規制


 昨今、エレベーターの違法設置が問題になっています。これは建築基準法の手続きを経ずに、人が搭乗するエレベーターなどが工場などの事業場に設置されており、それらで死亡災害などの重大な労働災害が発生しているためです。
 エレベーターは建築物の一部であるため、建築基準法(建基法)の規定に則り設置されます。建築工事用などの特殊なエレベーターを除き、人が搭乗する乗用エレベーターは建基法が定める基準の適合確認と検査を受ける必要があります。したがって、工場内の建屋に設置されるものでも、建築設備として、原則的に建基法の手続きを経て設置されなければなりません。
 また、工場などで使用される積載荷重が1トン以上のエレベーターは労働安全衛生法(安衛法)で定められた設置届も必要となります。すなわち、製造業等の産業現場で使用されるエレベーターは、建基法と安衛法の2つの法律に従い管理されています。(検査等の手間は二重にならないよう調整されています。)
 安衛法では荷物運搬を用途とする規定寸法以下のエレベーターを簡易リフトと呼び、エレベーターとは区別して規制しています。エレベーターと簡易リフトの安全基準は大きく異なり、簡易リフトに搭乗することは禁止されています。この簡易リフトですが、機種と使用形態によっては建基法のエレベーターとして規制される場合があります。その場合、簡易リフトではなくエレベーターとして設置し管理しなければなりません。この管理規制に従っていない簡易リフトは違法設置エレベーターとなります。この管理規制は意外に知られていないようです。簡易リフトの管理規制が正しく守られていないことも問題ですが、簡易リフトを乗用エレベーターとして使用していることが違法設置の一番の問題点です。

3.簡易リフトの特徴


 工場の現場によっては、簡易リフトを荷物専用エレベーターなどと呼んでいる場合があります。また、簡易リフトの機種によっては、乗用エレベーターと区別しにくいものもあります。「荷物専用」などの掲示がなされている場合には、勝手に乗らないようにしましょう。
 簡易リフトには乗用エレベーターでは必要とされる設備や装置などの一部が通常はありません。例えば、荷台の周囲(搬送路)が柵で覆われていない機種や荷台に扉(戸)がない機種があります。そのため簡易リフトは搭乗が禁止されておりますが、人が搭乗して移動しないように配慮もなされています。具体的には、操作盤が荷台(搬器内)には設置されていません。そのようなエレベーターに乗り込んでしまった場合は、速やかに荷台から降りて離れて下さい。簡易リフトである可能性が高いです。誰かが離れた場所で操作すれば、突然、昇降し始めることもあります。降りてきた荷台に手足などを挟まれる災害は簡易リフトの典型的な災害事例です。

4.簡易リフトに起因する災害防止への取り組み


 機械の安全設計としては、簡易リフトが正しく使用されるためにも、作業者が荷台に近づいたり搭乗したりした場合には、荷台が昇降しないような技術的対策が必要であると考えられます。そのためには、荷物には反応せず、人だけに反応する人感センサーなどの監視装置が望まれます。残念ながら現状は、そのような高い識別機能を備える監視装置は、工場などの厳しい環境条件には充分に対応できていません。そのため、筆者の所属する研究グループでは、新たな監視装置の提案や有効性の検証にも取り組んでおります。筆者は主に情報通信技術(ICT: Information & Communication Technology)を活用した安全作業支援装置の開発と検証に携わっております。具体的には、作業者を機械との衝突や挟まれから防護するために、微弱無線通信を用いて安全な作業領域を確保する無線式作業者検知センサーを研究開発しております。作業者を中心に目に見えない防護バリアが張られるようなイメージです。  ICT技術の発展は目覚ましく、携帯電話の普及に代表されるように、簡便で安価な情報通信装置が開発されています。それらの通信装置は安全装置として直接利用することはできませんが、安全な作業を支援するための作業支援装置への活用が期待されています。そこで、ICT技術が正しく安全確保に適用されるよう、作業支援装置が満たすべき性能の検討や支援方法の提言などの、技術指針策定の活動にも取り組んでおります。

5.閉まる扉の危険性


 さて、簡易リフトとは異なり、人が搭乗することを前提に設計される乗用エレベーターですが、乗用エレベーターに多い災害事例があります。自動で閉まる扉に挟まれる災害です。
 エレベーターへの駆け込みは電車と同様に大変危険です。エレベーターによっては閉まる扉に接触すると、それだけでけがを負うおそれがあります。扉と荷物などに挟まれて、あるいは、扉と衝突して手指などを骨折する事例が多く確認されています。けがの程度も重く、1ヶ月以上の休業を必要とする報告が多数あります。
 この事例は第一次・二次産業では少なく、第三次産業に多い災害です。病院をはじめ、旅館や福祉施設など、皆様の近くで発生しています。第三次産業においてはエレベーターの典型災害と言えます。この災害事例では、一般の方々が同じような被害にあうおそれがあるため、危険性の周知を目的として業界団体と情報共有などの連携をすすめております。

 乗用エレベーターには現在、接触を検知して自動で扉を開ける反転機能の装備が義務付けられています。しかし、施行日(平成21年9月28日)よりも前に設置された機種では義務ではありませんので、そのまま使用されるものもあります。
 それでは、反転機能を装備した最新のエレベーターならば安心かというと、そうとも限りません。反転機能が正常に動作しているエレベーターでも骨折などの災害事例が確認されています。残念ながら、主原因の特定には至っておりませんが、筆者の研究グループでは、扉を閉じる速度制御に安全上の課題があるのではないかと考え、その可能性を検討しております。

 現在の扉の制御方法では、扉を閉じる力(戸閉力)しか規制されていません。扉との接触や衝突によるけがの危険性を下げるためには、扉の速度も重要なのですが、現在は規制されていません。速度制限の指標については、日本工業規格(JIS)として制定される予定の規格(TS A 0028-1:2011)に運動エネルギーとして規定されたばかりです。重要な規定ですが、規制されるのはまだ先だと思われます。また、十分な安全性が保証されるとも限りません。
 制定予定の規格では、運動エネルギーは最大23Jと規定されています。この値は例えば、質量46kgの物体が速度1m/sで移動している状態の運動エネルギーと同じです。筆者が実施した文献調査では、この規定値以下でも衝撃荷重により献体の前腕が骨折している試験報告を確認しております。試験条件などの詳細な検討は必要ですが、値だけで判断すると、規定値は充分に低いとは言えません。また、類似の機械として自動回転ドアの基準と比較しても、回転ドアが上肢にあたえる衝撃力の基準値(JIS A 4721:2005ではピーク値で400N以下)を大きく超える試算結果となっております。運動エネルギーが最大の23Jに達した際に接触してしまうと、一時的な痛みや青痣(内出血)の程度のけがではすまないおそれがあります。
 運動エネルギーをどこまで下げればよいのかは、世界的にもまだ研究されている段階です。エレベーターの利便性を損なわないためにも、より正確な検証・評価に向けて、試験方法の検討や試験指(テストフィンガー)の開発などに着手しておりますが、当分の間は、大型のエレベーターなど、重厚な扉のエレベーターを利用する際は特に、無用に接触せぬように注意が必要です。

 駆け込みが危険である理由には、扉に関係する災害が他にもあるためです。扉が開いたときに人を乗せるかご(エレベーターの搬器)がなく転落した事例や、人が扉に挟まれた状態でかごが昇降した事例など、命にかかわる災害も報告されています。このようなことがないように安全装置が取り付けられていますが、安全装置はいつ故障しないとも限りません。慌てずに乗り降りすることが大切です。

6.おわりに


 どのようなエレベーターにも、閉まる扉で思わぬけがを負う危険性があります。安易に扉を止めようと手を出したり、慌てて駆け込んだりしないようにしていただければと思います。もし、扉と接触してしまったり挟まれたりした後に、痛みが続く場合や腫れが大きい場合には骨折が疑われます。剥離骨折は自分自身では気づきにくく、治りにくいようですので病院で診察を受けられることを強くお薦めします。
 街中で高齢者や幼児連れの方、あるいは、工場などで荷物などにより両手が塞がっている方が、エレベーターを利用しようとしているのを見かけられましたら、是非、扉が自動で閉まらないように、手助けしてあげていただければと思います。もちろん、ボタン操作で。

(機械システム安全研究グループ 任期付研究員 岡部  康平)

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