労働安全衛生総合研究所

職場の熱中症対策徒然考(その2)

1.はじめに

 前回は、職場の熱中症対策の中でも、そもそも暑い環境をどう測定し、どう評価するか、それに対して現在市販されている手軽な簡易型測定器や学会で勧奨している簡易推定表にはどのような問題が潜んでいるか、現在の暑さ指数に加えて(これを否定してはいません)どのような暑熱評価指数を新たに導入する必要があるか、などを徒然なるままにご紹介しました。
 今回はこのような身体の外側の話ではなく、身体の内側の話を少ししたいと思います。つまり、暑さによって生ずるさまざまな生理的・心理的負担(暑熱負担あるいは暑熱ストレインと呼びます)の話です。そのような暑熱ストレインをどう評価し、どう軽減するか、という話です。

2.暑熱ストレス、暑熱ストレインとは何か?

 暑くも寒くもなく主観的に快適な温熱条件を「温熱快感帯」といいます。この範囲を外れた温熱条件の中で、身体加熱を促進する環境条件を暑熱ストレスといい、その強度は、温度のみならず、湿度、風速、放射温、身体活動レベル、衣服の保温力で決まることは前回お話したとおりです。
 暑熱ストレスが軽度な範囲では、人体は皮膚血流の増減により熱放散量を調節することで身体の中心部の体温(核心温といいます)を維持できます。温熱快感帯を外れて暑熱ストレスが増大すると、その結果生ずる身体加熱を打ち消す方向に様々な行動性体温調節反応(冷房による調節、採冷行動、暑さからの回避行動など)ならびに自律性体温調節反応(皮膚血管拡張や発汗による熱放散反応)が発現し、身体のオーバーヒートを防ぎます。
 しかし、このような体温調節反応の発現それ自体が、さまざまな心理的・生理的負担を引き起こし、作業を遂行する上で妨害要因となります。例えば行動性体温調節反応の動機付けとして温熱的快不快感が重要とされますが、不快感の発現は注意を分散させ作業効率を低下させます。また作業中は体温調節行動が制限されることが普通で(暑熱作業を不快だからといって勝手に休止することはできません)、その結果不快感が高まり心理的負担が増大します。その一方で、皮膚血管の拡張、発汗などの自律性体温調節に依存する以外に手がなくなり、結果として生理的負担が増大します。血管拡張により血圧低下と頻脈が起こりますし、発汗により脱水が進行します。
 このような暑熱作業によって生ずる温熱負担を暑熱ストレインといい、生理的暑熱ストレインと心理的暑熱ストレインに分けられます 1)

3.暑熱ストレインをどう評価するか?

 暑熱ストレインを評価するために、国際標準化機構ISO 2) 3) や米国政府労働衛生専門家会議ACGIH 4) が提示している生理的指標と心理的指標が有用です。これらの中には、作業現場でも比較的容易に測定できるもの(心拍数、体重、舌下温、外耳道温、尿温、暑熱感・不快感などの心理的指標)と、測定できそうにないもの(食道温、直腸温、鼓膜温など)があります。
  1. 生理的暑熱ストレインの指標と評価
    1. 核心温:食道温、直腸温、舌下温、鼓膜温、尿温などを測定しますが、ACGIHでは、直腸温で38℃(暑熱未順化者)- 38.5℃(暑熱順化者)を暑熱作業中止基準としています 4)
    2. 心拍数:ISOでは、作業中の1分間の最高心拍数は185-0.65×(年齢)を、持続心拍数は180-(年齢)を超えてはならないとしています(ISO9886) 2) 。ACGIHでは、1分間の心拍数が数分間継続して180-(年齢)を超える場合や、作業強度がピークに達した後1分間経過後の心拍数が120 以下に戻らない場合、暑熱ストレインが許容限界を超えたと判断し暑熱曝露を中止するよう勧告しています 4)
    3. 体重減少量:暑熱環境下での体重減少量の大半は発汗量を反映しており、暑熱ストレインの指標として用いられます。ISO9886では、暑熱未順化は毎時1リットル、暑熱順化作業者は毎時1.25リットルを限界発汗率とし、脱水状態を予防するために5%の体重減少を限界値としています 2) 。ACGIHは、1シフトの作業による体重減少が1.5%を暑熱曝露限界としています 4)
  2. 心理的暑熱ストレインの指標と評価
     ISO10551では、心理的カテゴリー尺度を用いて温冷感、温熱的快不快感、温熱的好み、温熱的受け入れ難さ、温熱的耐え難さの程度を評価する手法を提案していますが、これらは心理的暑熱ストレインの指標として利用できます 3) 。ACGIHでは、暑熱曝露中止基準として、(1) 急激で激しい疲労感、(2) 悪心、(3) めまい、(4) 意識喪失、を提示しています 4)

4.暑熱ストレインをどう軽減するか?

 現在日本の職場で最も厳しい暑熱作業の一つに、夏期の福島第一原発の復旧廃炉作業が挙げられるでしょう。放射性粉じんの内部被ばく防止のために防じんマスクと防護服、手袋、長靴で全身を密閉して作業を行わざるを得ません。だからびっしょり汗をかいても蒸発できずに長靴の内側にしたたり落ちて溜まるだけです。おまけに全面マスクをしているので作業中に水分塩分の補給ができません。これでは脱水と身体のオーバーヒートの危険が重なり合うので、夏期の原発復旧作業は酷暑作業を超えて激暑作業というに相応しいでしょう。そんな激暑作業に対してできる暑熱対策は、身体をいかに冷やすかという身体冷却手技を開発するしか方法はありません。
 そこで私たちは東京電力との共同研究として昭和大学医学部救急医学教室の協力も得ながら、原発復旧作業や除染作業で実際に使用されている従来型クールベストや防暑冷却具の有効性を評価するとともに、新たな防暑冷却手技の探索を行い、原発復旧作業時の熱中症予防に有用な暑熱ストレイン軽減対策手法をどう確立すべきかを検討してきました 5) 6) 7)
 まずは、夏期の猛暑日における原発復旧作業を想定した酷暑環境(室温 37℃、相対湿度 40%)で防護服を着用して模擬作業実験を行い、市販の従来型クールベストと電動ファン付呼吸用保護具(フードマスク)の装着効果を検討しました。その結果、軽作業に限って見れば、現行の市販されている従来型クールベストやフードマスクは、単独ではあまり効果がないが、それらを組み合わせたり装着方法を工夫することにより心理的暑熱ストレインのみならず生理的暑熱ストレインに対してもかなりの軽減効果があることが判明しました 8) 。しかし重作業(土嚢の運搬)に対しては現行の身体冷却対策ではほとんど効果がないことも明らかになりました 9)
写真:原発復旧作業模擬実験風景
写真1 気温37℃、相対湿度40%の酷暑環境での原発復旧作業模擬実験風景。時速2.5kmで途中10分間の休憩をはさんで60分間歩行を繰り返します。フードマスクにクールベストを併用することで、核心温(直腸温)の上昇が有意に抑えられ、心理的暑熱ストレインも著しく軽減しました。

 そこで新たな防暑冷却手技の可能性をもとめて、作業前の全身冷却処置が作業中の暑熱ストレインをどの程度軽減するかを検討した結果、次のことが明らかになりました。
写真:身体冷却対策効果
図1 酷暑重作業に対する様々な身体冷却対策の効果。現行の対策手法では30分しかもちませんが、事前に冷水浸漬すると暑熱ストレインが著明に軽減し、1時間作業が可能となりました。

 まずは、水温26℃-28℃の水槽に30分間首下浸漬した後、防護服装備で軽作業と重作業を実施したところ、直腸温、心拍数の上昇が大幅に抑制され、生理的暑熱ストレインの著明な低減効果が認められました。特に重作業では、クールベストや水冷スーツなどの従来型手技の大半は作業半ばで暑熱ストレインが直腸温や心拍数の許容限度を超えたために本人の意志とは無関係に作業を中止しましたが、事前冷水浸漬処置は作業完遂を可能にしたのです(図1) 9)。このように事前冷水浸漬処置は激暑作業の暑熱対策手技として大変有望であることがわかったものの、原発復旧作業現場では最近の汚染水問題にみられるように水の利用それ自体が困難を極めることも判明しました。
 そこで、水が駄目なら風を使ってみようということで、やや高めの室温下(28℃)で30分間全身を扇風機の風にあてた後(写真2)、酷暑下で同様の軽作業を行ったところ、生理的暑熱ストレインの著明な軽減効果が認められ、事前風冷処置が現実的にも大変有望な対策手技になる可能性が示唆されました 5) 10) 11)
写真:事前風冷実験風景
写真2 事前風冷実験風景

 今年度から風冷処置の最適解をもとめて実験を開始しているところです。この事前風冷処置の至適プロトコール(どのような風温と風速で身体のどの場所を何分間処置するのが効果的か等)を確立できれば、それは原発復旧作業のみならず、酷暑下のアスベスト除去作業や建設作業などの屋外作業管理にも応用できるだろうという期待をこめて研究を進めております。
 なお次回は、これまでお話ししてきたことを踏まえて、熱中症対策製品の有効性をどう評価するか?について、少々理論的な考察をしたいと思います。

(参考文献)
  1. 澤田晋一(2010)温度とからだの事典(彼末一之監修、共編著)朝倉書店
  2. ISO8996 ISO 9886 (2004) Ergonomics of the thermal environment:Evaluation of thermal strain by physiological measurements. Geneva
  3. ISO10551 (1995) Ergonomics of the thermal environment: Assessment of the influence of the thermal environment using subjective judgment scales. Geneva.
  4. ACGIH (2012) Heat Stress and Strain TLV@ACGIH: American Conference of Governmental Industrial Hygienists. Cincinnati.
  5. 澤田晋一、岡龍雄、安田彰典、時澤健、田井鉄男、井田浩文、中山和美、下田朋彦、三宅康史、神田潤、萩原祥弘、樫村洋次郎(2013) 原発関連復旧作業時の熱中症予防対策としての防暑冷却手技の現状と展望.シンポジウム14 東京電力福島第一原発事故における原発従事者の労働安全と健康.第86回日本産業衛生学会,産業衛生学雑誌55(Suppl.),265.
  6. 澤田晋一、岡龍雄、安田彰典、田井鉄男、時澤健、上野哲、井田浩文、中山和美、下田朋彦、三宅康史、神田潤、萩原祥弘、樫村洋次郎 (2012) 招待講演:原発関連復旧作業時の熱中症予防対策としての現行防暑冷却装備の有効性.2012年度呼吸保護具に関する研究発表会講演抄録集、19-22、国際呼吸保護学会(ISRP)アジア支部・日本呼吸保護具工業会共催 2012年11月29日(於:東京医科歯科大学)
  7. 澤田晋一(2013) 職場における熱中症の予防対策?防暑冷却装備の有効性と課題?.セイフティダイジェスト 59(5), 2-10.
  8. 岡龍雄,澤田晋一,安田彰典,田井鉄男,時澤健,井田浩文,中山和美,三宅康史,神田潤,萩原祥弘,樫村洋次郎(2013)原発関連復旧作業時の暑熱負担軽減方策に関する実験的研究(その4):電動ファン付呼吸用保護具と従来型クールベスト併用の効果.第86回日本産業衛生学会,産業衛生学雑誌55(Suppl.),378.
  9. 澤田晋一,安田彰典,岡 龍雄,田井鉄男,時澤 健,井田浩文,中山和美(2013)原発関連復旧作業時の暑熱負担軽減方策としての事前冷却手技の有用性(第一報).日本生理人類学会第68回大会,日本生理人類学会誌 Vol.18 特別号(1) 96-97.
  10. 澤田晋一,時澤 健,安田彰典,岡 龍雄,田井鉄男、井田浩文,中山和美、三宅康史、神田潤、萩原祥弘、樫村洋次郎(2013)原発関連復旧作業時の暑熱負担軽減方策としての事前風冷手技の有用性(第二報).日本生理人類学会第69回大会,日本生理人類学会誌 Vol.18 特別号(2)(印刷中).
  11. Tokizawa K, Sawada S, Oka T, Yasuda A, Tai T, Nakayama K, Ida H (2013)
  12. Fan-precooling effect on heat strain while wearing protective clothing. Int J Biometeorology. (in revision to be published)

(国際情報・研究振興センター センター長 澤田晋一)

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