労働安全衛生総合研究所

グローバル化のなかでの安衛研の役割

1.日本vs英国


 1998年は日本3.2対英国0.81)、2012年は日本2.3対英国0.62)。スポーツのスコアなら日本の圧勝ですが、残念ながらこの数字は、労働者10万人あたりのそれぞれの年の労働災害による死亡者数です。つまり、単純比較では、日本は英国に比べて約4倍「危険な国」ということになってしまいます。日本の労働現場はそれほど安全ではないのでしょうか?
 これに対して、産業構造が異なったり統計のとり方が異なったりするので、単純に比較できないという見方があります。しかし、建設業という単独業種で比較しても日本は英国の約3倍ということが3月前のこのコラムで紹介されています3)。また、統計のとり方の補正をしてもこの差が埋められるものとは思えません。
 なぜこのような差があるのでしょうか?英国の方が良い安全成績ならば、英国の労働安全衛生管理システムを日本に持ってくれば、この差は埋められるのでしょうか?

2.トップ・ダウンとボトム・アップ


 英国では、1972年にいわゆるローベンス報告“Safety and Health at work, Report of the committee 1970-72”が出されました。この報告に基づき、最低基準から自主管理(リスクによる管理)を中心とし、個別規制から包括規制、などを特徴とする英国労働衛生安全法が1974年に施行されました。一方、日本では最低基準+自主的活動の促進(第1条)が謳われた労働安全衛生法が1972年に施行されました。その後の実態を見ると、英国の自主管理というのは事業主が(あるいは経営トップが)行う管理であり、日本の自主的活動というのは現場の労働者が行う活動というイメージが強くあります。少し極端な言い方をすれば、英国型では労働者は不安全行動をするという前提で不安全状態を無くすよう機械設備を安全化しようという「機械設備に頼る安全」、日本型では労働者は不安全行動をするので不安全行動をしないよう教育訓練していこうという「人に頼る安全」、という側面が強かったように思えます。
 日本のものづくりの優位性は、優秀な労働者に支えられた現場力の強さにあると言われています。優秀な労働者となれるように、企業では長期雇用を前提にして企業内訓練を中心とした人材養成に力を注いできました。このため、5Sや「カイゼン」などのボトム・アップが機能し、また、人に頼る安全が機能してきたのではないでしょうか。一方、英国では人に頼る安全つまりボトム・アップが機能せず、機械設備に頼らざるを得ない安全ということも言えるのではないでしょうか。このような背景から、英国ではトップ・ダウン型であるマネジメントシステムが考案されたと思われてなりません。
 では、労働安全衛生において、ボトム・アップ型とトップ・ダウン型のどちらが優れているのでしょうか。災害統計における英国の優位性はトップ・ダウン型が優れていることを示しているのでしょうか。

3.労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)


 ILOは労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)のガイドライン(ILO-OSH 2001)を2001年に策定し、ISOは紆余曲折を経ながら、OSHMSを国際規格ISO45001として、2016年の発行を目指して検討を進めています。名実ともにOSHMSはグローバル・スタンダードとなるような勢いですが、トップ・ダウン型のマネジメントシステムがボトム・アップを強みとする日本の労働現場で効果をあげることができるのでしょうか。
 日本では、2003年に中央労働災害防止協会が独自の基準に基づく「JISHA方式適格OSHMS認定事業」を開始しました。「独自」という意味は、基準の中にボトム・アップ活動に関する事項が含まれているということです。JISHA方式での認定の効果については、労働災害発生率が認定後、さらに更新認定後減少したとの報告があります4)。このことは、他国のトップ・ダウンのシステムをそのまま単に「輸入」するのではなく、それぞれの国や企業における労働文化(働き方)に応じたトップ・ダウンとボトム・アップの最適な組合せがあることを示唆しているように思えます。

4.日本の労働安全衛生管理は輸出可能か


 アジアに進出した日系企業が、海外の事業場で5SやKY活動などのボトム・アップ活動を経てJISHA方式OSHMS適格認定を受けて、労働災害防止の効果をあげている事例があります5)
 また、フィンランド労働衛生研究所(FIOH)が音頭をとってZero Accident Vision(ZAV)という活動を欧州で広めようとしていることを最近知りました6)。ZAVの原則として、経営トップのコミットメントや全員参加ということがあるそうで、FIOHの担当者に「日本のゼロ災運動に似ていますね。」と聞くと、「そう、日本オリジナルですよ。」と言われました。欧州でも日本の強みを研究して現場に実践しようとしている方々がいるのだと興味深く、また、日本の自主的安全衛生管理活動が欧州でも受け入れられる可能性があることについて意を強くしました。

5.安衛研の役割


 海外の良いところは日本に適用できるか科学的に検証して日本の労働安全衛生水準の向上に役立てる、日本の強みは何なのかをきちんと科学的に検証して発信し、グローバル・スタンダードに組みこんでいく努力をする、ということがグローバル化の中での安衛研の役割だと考えています。このようなことから、機械分野では「機械安全規制における世界戦略へ対応するための法規制等基盤整備に関する調査研究」、建設分野では「建設工事におけるリスクアセスメントの高度化」の研究を進めており、また、本年度は安衛研の組織である国際情報・研究振興センターの体制を強化しました。しかしながら、安衛研だけでグローバル化への対応ができるはずもなく、共同研究や情報収集・提供などいろいろな場面で関係の皆様のご協力を切にお願いする次第です。

参考文献
  1. P. Hämäläinen et al., Global Estimates of Occupational Accidents, Safety Science 44 (2006) 137156 
  2. 日本は中央労働災害防止協会編「安全の指標 平成25年度」を基に筆者推計、英国はHealth and Safety Executive, Annual Statistics Report for Great Britain 2011/12
  3. 豊澤康男「英国の建設安全に関する実態調査(その1)-準備から出国まで-」, 安衛研ニュースNo.67(2014-04-04),
    https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/mail_mag/2014/67-column.html
  4. 中災防マネジメントシステム審査センター「JISHA方式OSHMS認定開始10周年」, 安全と健康 Vol.14 No.4(2013)329-333
  5. 西正幸「中国工場におけるOSHMS導入とその効果」, 安全と健康 Vol.14 No.4(2013)340-343。また、第72回(平成25年度)全国産業安全衛生大会リスクアセスメント/マネジメントシステム分科会特別集会での講演資料では、東南アジアの事例が紹介されています。
  6. M. Aaltonen, Zero Accident Vision in Promoting Safety Culture, XII International Conference on Occupational Risk Prevention (2014)での講演資料。なお、ZAVについては、http://www.perosh.eu/research-projects/perosh-projects/safety-culture-and-accidents-promotion-of-zero-accident-vision/(英文サイト) をご参照ください。

(理事 福澤 義行)

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