労働安全衛生総合研究所

アジア太平洋労働安全衛生機構(APOSHO)の研究発表集会への参加報告

1.APOSHO29


 本年7月3日及び4日にバンコクで開催された第29回アジア太平洋労働安全衛生機構の研究発表集会(APOSHO29)(注1)に参加してきましたので、その概要をご報告します。
 APOSHOは、Asia-Pacific Occupational Safety and Health Organization(アジア太平洋労働安全衛生機構)の略称で、アジア太平洋の25か国・地域の非営利民間団体40団体で構成される労働災害の防止と職業性疾病の予防を目的とした国際民間団体です(注2)。日本では、中央労働災害防止協会が会員となっています。APOSHOでは、毎年開催される総会・各種委員会に併せて、会員以外の団体からも個人参加ができる研究発表集会を主催しています。今年は、各種委員会が7月2日に、総会が7月5日に開催されています。
 当安衛研は非会員ですので、総会・各種委員会には参加できず、筆者は研究発表集会だけに参加したものです。

2.開会式の様子


 APOSHO29の開会式は、タイの第28回全国安全週間の開会イベントと同時開催されました。日本の全国産業安全衛生大会のようなイベントで、3-4千人の参加者がある盛大なものでした。展示会も盛大なもので、筆者が見た限り日本の保護具メーカー2社が出展されていました。なお、タイの全国安全週間は、当時JICA(国際協力機構)を通じて派遣されていた日本人専門家のアドバイスがきっかけとなって第1回が開催されたと聞いています。

3.研究発表集会


 全体集会での基調講演17題、3会場に分かれた分科会で46題の演題が予定されていました。
 全体集会の参加者は200名程度でした。基調講演では、日本から中央労働災害防止協会関澤理事長が、「グローバル社会に生きる日本の労働安全衛生活動の半世紀と今後の展望」のテーマで、中央労働災害防止協会の半世紀にわたる活動と今後の展望について講演されました。
 また、主催国のタイからは、タマサート大学公衆衛生学部長(元タイ国立労働条件・環境改善研究所長)のChaiyuth Chavalitnitikul博士が “Strengthen partnerships towards the global OSH Standards”(労働安全衛生の世界標準に向けた協力関係の強化)のタイトルで、タイの労働安全衛生状況を報告されました。タイでは2011年の労働安全衛生環境法に基づき、リスク・アセスメントが必須となり、労働安全衛生環境基金と労働安全衛生環境研究所が設立されることとなったこと、まもなく50人以上の企業ではOSHMS(労働安全衛生マネジメントシステム)が必須化されること、タイでの労働安全衛生上の課題は、非正規労働者の保護、移民労働者の保護、高齢労働者対策であること、移民労働者は労災保険でカバーされることとなったこと等についての発表でした。
 分科会の参加者は、各会場40-50名といったところでした。筆者は、労働安全衛生マネジメントシステム/労働安全衛生基準分科会で、「労働安全衛生のグローバル化とローカル化」のタイトルで発表しました。日本の現場はボトム・アップ型であり、本来はトップ・ダウンであるOSHMSに現場重視を取り入れたOSHMSで実績をあげてきたこと、OSHMSを適用するには各国の労働文化に応じて柔軟な対応が必要なこと、OSHMSを国際標準化するには柔軟性を確保する必要があること などを日本の労働現場で行われてきた5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)やKY(危険予知)活動の実例、リスク・アセスメントとの関係を交えて説明しました。なお、このセッションの座長は、APOSHOのOSHMS委員会の委員長であるInstitution of Occupational Safety and Health (IOSH)副会長のJohn Lacy氏(英国人)でした。IOSHは85カ国、約4万5千人の会員を有する労働安全衛生のプロフェッショナル団体で、ISO45001(労働安全衛生マネジメントシステム)の作成にも影響力を有しているとのことでした。IOSHは国際的に会員を有するとしつつも英国の認可団体であり、APOSHOには英国の会員(準会員)として参加しているそうで、アジア太平洋の枠組みのなかで英国がAPOSHOの常設委員会であるOSHMS委員会の委員長も務めているということは、実に興味深いことでした。


(写真)筆者の発表の様子

 日本からはもう一題、中央労働災害防止協会奥村国際センター所長が、同じ労働安全衛生マネジメントシステム/労働安全衛生基準分科会で中小企業へのOSHMS普及事業の発表をされました。
 分科会は、この労働安全衛生マネジメントシステム/労働安全衛生基準のほか、労働安全衛生改善、エルゴノミクス、労働安全衛生技術・管理、労働安全衛生促進、病院での労働衛生管理、職場の安全文化、化学安全、リスク・アセスメント、労働衛生工学で構成されていました。
 筆者の興味を引いた演題の一例は、労働安全衛生技術・管理分科会でのKOSHA(韓国労働安全衛生公団)のSang In Jung氏が発表した”Smartphone application as a tool for accident prevention”(労働災害防止のためのツールとしてのスマートフォンのアプリケーション)でした。KOSHAでは安全管理者等が現場で使えるスマホのアプリを10種類開発し、そのうちの一つは、建設業の外国人労働者とのコミュニケーション・ツールで13カ国、約1000の例文をスマホで見たり読み上げたりできるものだそうです。外国人労働者対策は、日本よりも韓国の方が先行しており、このようなツールを含め、韓国から学ぶべきことも多いのではとの印象を受けました。
 基調講演、分科会ともに各国の状況、課題、方向などが共有されて有意義な集会でした。一方、総じて英語圏や先行国の発表が主で、安衛研として普段あまりお付き合いのない台湾、モンゴル、バングラデシュなどからの発表や参加がなく、少し残念な部分もありました。
 なお、次回APOSHO30は、2015年5月31日から6月5日まで、ソウルで第31回国際労働衛生会議(ICOH2015)と同時並行で開催されるとのことでした。

4.バンコクの印象


 筆者は、2002年から2005年までの3年間、バンコクにあるILOアジア太平洋地域事務所に出向していました。当時から比べても、インフラの整備やソフト面の整備が進んでおり、ASEANの中心国としてその存在感を増しているとの印象を受けました。ちなみに、以前は車での移動が不可欠で時間がなかなか読めなかったのですが、今回の出張では、空港、ホテル、会場(国際会議場)間の移動はすべて高架鉄道、地下鉄を使うことができ、時間に正確で安価に移動することが可能になりましたし、国際会議の運営も実にスムーズでした。
 表面的にはクーデターの影響を感じなかったのですが、話を聞くと2011年の労働安全衛生環境法の施行が遅れるなど、政策の遂行に支障が出てきつつあるようです。タイ全国安全集会の開会式も、本来であれば首相や労働大臣が出席されるそうですが、今回は暫定政権で閣僚不在の状況のため、国王枢密院顧問のAtthaniti Disatha-Amnarj教授が主賓となっていました。早期に正常化されることを期待したいと思います。

(注1)APOSHO29のプログラムや講演内容は、http://www.aposho29.com/でご参照ください。
(注2)APOSHOについては、http://www.aposho.org/aposho/main.doをご参照ください。

(理事 福澤 義行)

刊行物・報告書等 研究成果一覧