労働安全衛生総合研究所

低周波音とその人体への影響に関する研究について

1.はじめに


 近年、マスコミなどで「低周波音」がしばしば話題になっています。皆さんも耳にした経験があるのではないでしょうか。とは言え、低周波音のことはよく分からない、低周波音ってどんな音なのだろう、普通の音と何が違うのだろうか、などと思われた方もいるかもしれません。
 安衛研(登戸地区)には低周波音実験室があり、低周波音による人体への影響(主に心理的影響)に関する研究を行っています。このコラムでは、低周波音がどういう音なのかをご説明し、併せて安衛研での研究の一部もご紹介致します。


2. 周波数と音圧レベルについて


 本題に入る前に少し寄り道をして、周波数と音圧レベルについてご説明します。この二つは音に関する基本的な量で、当コラムをご理解頂く上で説明が必要なものです。
 空気中の音とは、空気の微小な圧力変化(音圧)が振動として伝わる現象です。その1秒間当たりの振動の回数を周波数といい、㎐(ヘルツ)という単位で表します。この周波数が大きい(振動の回数が多い)ほど高い音に、小さい(振動の回数が少ない)ほど低い音に聞こえます。
 音圧レベルは、音の大きさのことです。空気の圧力変化(音圧)の実効値の、基準音圧(20µ㎩)に対する比の常用対数の20倍と定義されており、単位は㏈(デシベル)です。この音圧レベルが高いほど大きな音ということになります。なお、その定義から、音圧が非常に小さい場合には、音圧レベルは負の値になります。
 通常、音圧レベルには、人間の聴感と(近似的に)一致させるために、A特性という周波数補正を施したもの(A特性音圧レベルまたは騒音レベルとも言う)を使います。しかし低周波音の場合には、後述する特徴のために、聴感による音の大きさではなく、物理現象としての音の大きさ(空気の圧力変化の大きさ)を扱う方が便利なので、周波数補正をしない音圧レベル(Z特性音圧レベルまたは平坦特性音圧レベルとも言う)を使います。当コラムでも、A特性による補正をしない、後者の音圧レベルを使います。一般的に使われる音圧レベルのほとんどはA特性で補正したものなので、混同しないようにご注意願います。


3. 低周波音とは?


 さて、低周波音とは文字通りに周波数の低い音のことなのですが、その周波数はどれくらいなのでしょうか。一般に、周波数が20 ㎐–20,000 ㎐の音を可聴音(後述するように、この範囲の音だけが聞こえるわけではありません)、20 ㎐以下の音を超低周波音、20,000 ㎐以上の音を超音波(または高周波音)と呼んでいますが(図1)、低周波音の周波数範囲は明確には決まっていません。使う人や国によって異なる周波数範囲の音を意味する場合があるのですが、日本では概ね80–100 ㎐以下の音を低周波音と呼ぶことが多いので、当コラムでも、この範囲の音を低周波音とします。身近な例としては、雷のゴロゴロという音や、和太鼓のドーンドーンという音、エンジンのドッドッドッという音などを連想されるとよいと思います。



図1 低周波音の周波数範囲(明確な定義は無い)

4. 低周波音の特徴


 低周波音には、どのような特徴があるのでしょうか。マスコミなどで「聞こえない音」と紹介されることもありますが、全く聞こえないのでしょうか。



図2 人間の標準的な聴覚閾値(ISO 389-7(2005))

 音が聞こえるために必要な最低の音圧レベルのことを聴覚閾値(いきち)と言います。ある音の音圧レベルが聴覚閾値を超えれば耳に聞こえ、下回れば聞こえません。この聴覚閾値、つまり人間の耳の感度は、周波数によって変わります。図2に、標準的な人間の聴覚閾値を示します(グラフの一部で閾値が負の値になっていますが、音圧レベルの定義のところで説明したように、空気の圧力変化が非常に小さければ音圧レベルの値は負になります。その場合でも、音が出ていないということではありません)。この図から、人間の聴覚閾値は2,000–5,000 ㎐付近の周波数で最も低くなる、つまり、この辺りの音(キーンという金属音や、ピーッと鳴る家電製品の電子音など)に対して最も敏感である(音圧レベルが低くても聞こえる)ことが分かります。では、周波数の低い領域ではどうでしょうか。1,000 ㎐では0 ㏈に近かったものが、100 ㎐では約27 ㏈、50 ㎐では約44 ㏈、20 ㎐になると約79 ㏈と、周波数が低くなるにつれて聴覚閾値は急激に高くなります。つまり、低周波音が耳に聞こえるためには、それだけ高い音圧レベルが必要になるのです。
 作業環境には低周波音の音源となる産業機器(送風機、排気ファン、燃焼炉、ボイラー、コンプレッサ、大型のエンジンなど)が沢山ありますが、それらから発生する低周波音の音圧レベルは、必ずしも聴覚閾値を超えるわけではありません。音圧レベルが聴覚閾値を下回れば、人間は低周波音を音として感じることができません。これが、低周波音が「聞こえない音」と言われる所以ですが、音圧レベルが聴覚閾値を超える場合には聞こえるので、正確には「聞こえにくい音」ということになります。なお、耳の感度には個人差があるので、図2に示した聴覚閾値よりも低い音圧レベルの音を聞き取れる敏感な人もいれば、逆に、鈍感な人もいます。
 低周波音には、「聞こえにくい」というだけでなく、遠くまで伝わりやすい(減衰しにくい)、振動感や圧迫感を感じさせることがある、音圧レベルが高い場合には家具や窓ガラスなどをガタつかせることがある、などの特徴があります。


5. 低周波音の影響


 低周波音は、人体にどのような影響を及ぼすのでしょうか。作業環境での音による影響としては、騒音性難聴がよく知られています。しかし、低周波音は「聞こえにくい音」ですから、産業機器などから低周波音が発生していても、その音圧レベルがよほど高くない限り、難聴を引き起こすことはありません。
 低周波音による主な影響は、心理的なものです。低周波音は、大きな音、うるさい音として感じられることはほとんどありませんが、不快感のような心理的影響を及ぼすことが知られています。音が聞こえるとイライラしたり、気になって作業に集中できなくなったり、人によっては気分が悪くなったりするといった例があります。
 大きな音に感じられない低周波音が、なぜこのような影響を生じるのでしょうか。これはとても重要な問題ですが、残念ながら、そのメカニズムはよく分かっていないのが現状です。大きな音に感じられないにも拘わらず影響を生じることから、聴感による音の大きさ以外の要因が関与している可能性が考えられますが、詳しいことは分かっていません。また、低周波音の影響には個人差が大きいという特徴がありますが、その理由も未解明です。


6. 安衛研での研究


 先に、低周波音には振動感や圧迫感を感じさせる特徴があると言いました。聴感では大きな音に感じられなくとも、振動感や圧迫感が加わることで、不快感のような心理的影響を生じる、もしくは強める可能性があるのではないでしょうか(Inukaiらによる因子分析を用いた研究では、低周波音に対する心理反応を構成する主要因として、「ラウドネス(音の大きさ)」に関連する要因、「圧力」に関連する要因と並んで、「振動」に関連する要因があることが報告されています)。そこで最近、私たちは振動感が心理的影響の要因の一つになるとの仮説に基づき、低周波音によって生じる振動感の特性(振動感を最もよく感じるのはどの周波数帯域なのか、振動感を感じ始める音圧レベル(振動感の閾値)はどのくらいなのか、など)を調べる研究を行っています。その特性が明らかになれば、低周波音によって心理的影響が生じるメカニズムの解明に繋がる可能性があります。また将来、それを利用した新しい影響評価方法を提案することも期待できます。



図3 安衛研の低周波音実験室の入口(この中に被験者が入る)

 安衛研の低周波音実験室の大きさ(被験者が入るばく露室の容積)は、約27㎥(概ね3 m × 3 m × 3 m)です(図3)。国内にある低周波音用実験室の中でも大きな部類に入ります。一つの壁面中に設置した12台の大型スピーカーで低周波音を再生するようになっており、主に、被験者にその音を聞かせて反応を調べるスタイルの実験を行っています。  今はまだ基礎的な研究を行っている段階ですが、いくつかの興味深い知見が得られています。例えば、振動感は体全体で一様に感じるのではなく、頭部で特に敏感に感じるという結果が出ています。音圧レベルが高くなれば頭部以外の部位でも感じるようになりますが、最も敏感に感じる(閾値が低い)のは、どうやら頭部らしいのです。振動感が頭部でどのように知覚されるのか、その詳細は未解明ですが、他の実験結果を考え合わせると、低周波音による空気の圧力変化を耳(中耳・内耳も含めた聴覚器官全体)で知覚している可能性があります。
 また、振動感は40 ㎐前後の周波数帯域で感じやすいこと、振動感の閾値(16–50 ㎐)は聴覚閾値よりも数㏈–十数㏈高いこと、などの知見も得られています。振動感の閾値が聴覚閾値よりも高いということは、聴覚の方がより低い音圧レベルから低周波音を感じるということなので、低周波音を感じる基本的な感覚が聴覚であることを示しています。ただし、低周波音が複数の周波数成分を持っていると、振動感の閾値が低下する(感じやすくなる)ことを示す結果も出ています。実際の作業環境では、複数の周波数成分が同時発生するのが一般的なので、この点は、将来の影響評価方法の確立に向け、さらに調べるべき重要なポイントだと考えています。



図4 低周波音実験室での実験の例(被験者が自分自身の閾値を探す様子を模擬)

7. おわりに


 以上、低周波音の特徴や安衛研での研究について簡単に紹介しました。低周波音についてご興味を持って頂けたでしょうか。
 低周波音は、その発生源となる機器が作業環境の様々な場所で使用されているにも拘わらず、「聞こえにくく」聴力への影響も小さいことから研究が進んでおらず、影響評価の方法や評価の際の基準値は確立されていません。しかし今後は、低周波音に対する社会的な関心が増してくると予想されます。安衛研での研究はまだ発展途上ですが、将来に向け、着実に研究成果を積み重ねていきたいと考えています。


(人間工学・リスク管理研究グループ 上席研究員 高橋幸雄)

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