労働安全衛生総合研究所

シェフィールドグループ会議(The Sheffield Group Meeting in Copenhagen on 6-7 June 2016)に参加して

1. 欧米亜の労働安全衛生研究所が参加する合同会議


 2016年6月6、7日にデンマーク・コペンハーゲンで行われたシェフィールドグループ会議(The Sheffield Group Meeting)に、所長の豊澤康男と参加しました。会場は6日は市内のホテル、7日は国立労働環境研究センター(National Research Centre for the Working Environment, NRCWE)でした。

 シェフィールドグループというのは、英国、ドイツ、フランス等の欧州、また米国とカナダの労働安全衛生研究所の最高責任者による組織です。最近はアジアからシンガポールと韓国が加盟しています。このグループ会議は加盟各国の持ち回りで毎年開催されています。昨年は第5回アジア労働安全衛生研究所会議と合同として、シンガポールで開かれました(安衛研ニュースNo. 79 (2015-04-03):第5回アジア労働安全衛生研究所会議(AOSHRI meeting)に参加して)。

 シェフィールドグループ会議の目的は、各国における最新の研究状況を情報交換するとともに、加盟国間の連携をとって共同研究を企画することなどです。昨年の時点では当研究所は加盟しておりませんでしたが、このような会議への参加を通じて、労働安全衛生研究に関する世界主要国の最新状況を得られるという大きな利点があります。そこで、グループへの加盟を前回の会議で打診したところ、今回の会議でのプレゼンをもって、その可否を決めていただくという手はずになりました。


2. 会議の概要


 会議の初日は丸一日(写真1)、二日目は午前中(写真2)まででした。両日のスケジュールと討論された話題は次のとおりです:

会議スケジュール:一日目(発表順)

機関話題
カナダ ロベール・ソウベ労働安全衛生研究所(Institut de recherche Robert-Sauvé en santé et en sécurité du travail)
  • 労働災害の減少に対して、職業病、とくに複合要因による疾患(腰痛等)の増加
  • 第三次産業の増加
  • 第一優先対策:複合要因による疾患
  • 第二優先対策:社会の変化に対応した研究(女性の就労、労働者の高齢化、移民労働者、労働生活と私生活双方の最適化)
  • 第三優先対策:新技術(ロボットやナノ)、気候変動、リスク管理
ドイツ 法定災害保険労働安全衛生研究所(Institutsleitung des Instituts für Arbeitsschutz der DGUV)
  • リスク監視の注目対象(新技術、労働の高負荷、労働者の高齢化、デジタル化)
労働安全衛生研究所(Bundesanstalt für Arbeitsschutz und Arbeitsmedizin)
  • Industry 4.0に係るデジタル化社会における労働:柔軟な働き方、新情報通信技術、心身の健康維持・促進
英国 安全衛生研究所(Health and Safety Laboratory)
  • 労働安全衛生における科学の価値:Chief Scientific Adviserの任務、HSEのWorkplace Health Expert Committee新設
  • HSEの6つの戦略:協同、健康不調への取組、リスク管理、中小規模事業所の支援、社会変化への対応、安全衛生システムの国内外普及
米国 労働安全衛生研究所(National Institute for Occupational Safety and Health)
  • 国家戦略としての部門別アプローチ
  • 部門をまたぐ問題への対応:がん・生殖系・心血管系、聴力損失、免疫系、筋骨格系、呼吸器系、外傷予防、健康労働のデザイン(経済的要因の考慮)
  • 優先研究課題を同定するためのBurden-Need-Impact検証
  • 健康コミュニケーションに関する所内機能の増強
  • Center for Productive Aging and Workの新設
シンガポール 職場安全衛生研究所(Workplace Safety and Health Institute)
  • 国家戦略目標:労働災害の減少、労働安全衛生の経営への組込、労働安全衛生の中核センターとしてのシンガポール、労働安全衛生文化の確立
  • 職業がん対策:科学的根拠、倫理性、協同参画、規制、経済性
ノルウェー 労働衛生研究所(Statens arbeidsmiljøinstitutt)
  • 業務の半分は研究、残りは研究以外(労働環境サーベイランス等)
  • 今後の課題:移民労働者、非正規労働、労働時間、若齢・高齢労働者、寒冷労働等
イタリア 国家労働災害補償機構(Istituto Nazionale Assicurazione contro gli Infortuni sul Lavoro)
  • 研究戦略の4領域:従来のリスク要因、新しいリスク要因、新興のリスク要因、アスベスト
  • 従来のリスク要因:屋外労働、がん、腰痛、モニタリング技術、非常時・災害時、中小規模事業所、リスクコミュニケーション
  • 新しいリスク要因:有害廃棄物処理、電離・非電離放射線、労働者の高齢化、移民労働者、性差
  • 新興のリスク要因:人工ナノ材料
  • アスベスト:過去及び現在ばく露、治療、規制の簡素化
スペイン 労働安全衛生研究所(Instituto Nacional de Seguridad e Higiene en el Trabajo)
  • 中期計画(2015-2020年):研究機関の効率化、行政機関の業務促進、高リスク職場の労働条件改善、協同
  • エボラ出血熱患者治療における個人用保護具指導
オーストリア 労働者補償協会(Allgemeine Unfallversicherungsanstalt)
  • 手の外傷予防
  • 労働者の高齢化
  • 電磁場のリスクアセスメント
  • 職業運転手の運転行動評価
  • 皮膚障害予防
韓国 労働安全衛生研究院(Occupational Safety and Health Research Institute)
  • 労働災害率の低下
  • 小規模事業所の増加
  • サービス産業の増加
  • 危険作業の外注増加
  • 移民労働者の増加
  • 非正規女性労働者の増加
  • 感情労働と職場内暴力の調査ツール開発
  • 吸入慢性毒性試験施設の設置




写真1 会議一日目の様子

会議スケジュール:二日目(発表順)

機関話題
日本 労働安全衛生総合研究所(National Institute of Occupational Safety and Health) 発表:豊澤
  • 研究所の概要
  • 労働者の高齢化
  • サービス業労働者の安全衛生
  • 重大災害の予防と調査
発表:高橋
  • 長時間労働の現状
  • 過重労働(過労死等)の対策
  • ストレスチェック制度の施行
ポーランド 労働保護中央研究所(Centralny Instytut Ochrony Pracy - Państwowy Instytut Badawczy)
  • 労働者の高齢化
  • ロボット化
  • 作業能力向上薬(いわゆるスマートドラッグ)への懸念
  • クラウドソーシングによる安全衛生情報の提供
  • 作業工程と安全工学の研究開発センターの新設
フランス 国立安全研究所(Institut National de Recherche et de Sécurité)
  • 化学的・生物学的リスク要因による健康影響の早期マーカー開発
  • 複合ばく露による健康影響の予防
  • 心理社会的リスク要因による健康影響の予防(腰痛やウェル・ビーイング低下等)
  • 呼吸保護具の性能向上
オランダ 応用科学研究機構(Organisatie voor Toegepast Natuurwetenschappelijk Onderzoek)
  • サービス業と情報通信業の増加
  • 職の不安定さの増加
  • 疾病休業の下げ止まり
  • 情報技術端末・センサーによる労働者のモニタリング:ビッグデータ化への期待
デンマーク 国立労働環境研究センター(National Research Centre for the Working Environment)
  • 短期目標:労働災害、心理社会的労働環境、筋骨格系障害
  • 中期目標:新技術、持続可能な労働に向けた健康確保、健康と安全の統合
  • 長期目標:労働契約、無視できない肉体的労働負荷、環境関連業(Green jobs)、移民労働者、最新・新興技術
総 合 討 論




写真2 会議二日目の様子

 全ての発表が終わった後の総合討論では、いくつもの重要な議論が行われました(写真3)。中でも、物理的・化学的要因による健康問題に比べて、近年はメンタル不調や高齢化等の心理社会的要因が重視される傾向があるとしたら、研究課題の選択(優先化)、人員配置、予算について研究所をどのように運営していくかが話題に上りました。

 

 胆管がんや膀胱がんの最近の事例にあるとおり、既存の有害化学物質による問題はまだありますし、ナノ材料等の新しい物質ではまして分からないところが多々あります。従って、化学や微生物等の専門家が力を発揮できる分野は必ずあるということでした。同じように、動物実験でしか分からないこと、大規模な疫学調査の成果が求められる領域(例えば、過労死等)があるので、研究課題のバランスをとることも重要になります。

 

 さて、当研究所のシェフィールドグループ加盟について最後に審議された結果、嬉しいことに全員の一致によって加盟が認められました。


写真3 総合討論の様子(司会はNRCWEのInger Schaumburg所長)

3. まとめ


 欧州、北米、アジアの労働安全衛生研究所が一同に会したシェフィールドグループ会議は、私は初めての参加でした。上記のとおり、国や地域が違っていても、直面している課題はかなり似ているように見えました。そうなると、ある国の研究所の取組は別な研究所にとって良好実践(グッドプラクティス)の一例となるでしょう。なにより、インターネットの時代であっても、いやだからこそ、時間と労力と時差を乗り越えて、直接に話し合う機会の大切さを実感いたしました。

 次回のホストはその場では決まりませんでしたが、2017年の同じ時期に開催される予定です。取り上げるテーマとしては、各国で共通する話題が望ましいという意見がありました。例えば、労働安全衛生のレベルアップにつながるような国際協力のあり方、メンタルヘルス、労働者個人と職場組織との関連などです。

 今回の会議からシェフィールドグループの加盟が認められましたので、来年以降の当研究所のあり方が大事になってきます。参加している海外の研究所から学ぶとともに、我が国の代表として積極的に発信し、意味のある成果につなげられるように体制を整えていきたいと思います。


産業疫学研究グループ 部長(研究推進・国際センター併任) 高橋正也

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