労働安全衛生総合研究所

ワイヤロープはなぜ切れる–ワイヤロープ素線切れのメカニズム–

1.はじめに


 ワイヤロープは、鋼の細線(素線)を撚って束ねた小縄(ストランド)をさらに6∼8本撚り合わせて作られており、高い強度と柔軟性を兼ね備えています。このため、手すりやガードレールのような柵から、橋梁といった構造物、エレベータやクレーンのような荷役機械まで、幅広い用途に使用されています。中でもクレーンに使われるワイヤロープは、荷を吊り上げるだけでなく、ケーブルクレーンの主索やジブクレーンの起伏索のように、構造の一部を担うなど、非常に重要な役割を果たしています。
 クレーンに使用されるワイヤロープは、例えば巻上げ用ワイヤロープですと、破断荷重の1/3.55∼1/5で使用することになっています1)。したがって、定格荷重の3.55∼5倍の荷重が掛からない限り切れることはないはずですが、実際に定格荷重より小さな荷重で切れて、労働災害が発生しています。ワイヤロープはなぜ切れるのでしょうか。その原因の一つとして、使用しているうちに、ワイヤロープを構成する素線が少しずつ切れてしまう「素線切れ」が挙げられます。今回は、ワイヤロープの素線が少しずつ切れて劣化する素線切れのメカニズムについてご紹介します。



2.ワイヤロープの素線切れのメカニズム


 ワイヤロープは使用しているうちに、写真1に赤丸で示したように、素線が少しずつ切れて、強度が低下します。このような素線切れはなぜ起きるのでしょうか。





写真1 素線切れしたワイヤロープ

 クレーンでは、ワイヤロープはドラムに巻かれており、荷の上げ下ろしや、ジブの起伏に合わせて繰り出されます。ドラムから繰り出されたワイヤロープは、必ずといっていいほどシーブ(綱車)を通ります。つり荷やジブの重量で張力が掛かったワイヤロープは、図1に示すようにシーブに入るときに曲げられて、シーブを出るときに、また真っ直ぐに曲げ戻されます。





図1 シーブを通るときにワイヤロープが受ける曲げ・曲げ戻し

 この時、素線がどういう動きをするかを模式的に表したのが図2です。シーブに沿ってワイヤロープを曲げると、内側と外側で素線の曲率半径が異なるため、ちょうど陸上トラックのスタート位置のように、素線間にずれが生じます。





図2 曲げを受けて生じた素線のずれ

 このずれが生じる際に、素線同士がこすり合わされ、摩擦力によってき裂が発生する(フレッティング疲労)のです(図3)。





図3 曲げを受けて素線に発生するき裂

 発生したき裂は、ワイヤロープがつり荷で引張られ、シーブで曲げられる度に少しずつ進展し、やがて貫通して、素線は切れてしまいます。このような切れ方を「疲労破壊」といいます。疲労破壊した素線の断面は、電子顕微鏡で観察しますと、写真2のように非常に平坦で、円形を保ったまま、ほとんど変形していません。このような特徴は、ワイヤロープが切れる災害が発生したときに、切れた原因を特定する手がかりとなります。





写真2 電子顕微鏡で観察した切れた素線の断面

 さて、素線が切れますと、残った素線で荷重を支えることになり、素線一本あたりの荷重が増えてしまいます。このため、さらに素線は切れやすくなり、素線切れが加速度的に進行します。その結果、ワイヤロープの強度は著しく低下し、定格荷重より小さな荷重でワイヤロープが切れるようなことが起きてしまうのです。



3.おわりに


 ワイヤロープに素線切れが発生するメカニズムについてご紹介しました。クレーンに使用されるワイヤロープは、短いものでも数十メートル、長いものになると数百メートルあり、これだけ長いワイヤロープを全長に渡って点検するのは大変なことです。ご紹介したとおり、ワイヤロープの素線切れはシーブを通過することで発生します。このため、素線切れの数はシーブを通過する回数に依存します2)。したがって、ワイヤロープを点検する際は、シーブを通過する回数の多い箇所を把握しておき、重点的に点検することが大切です。




参考文献

  1. 厚生労働省,クレーン構造規格
  2. 本田,山際,山口,佐々木,従来材及び新素材クレーン用ワイヤロープの経年損傷評価と廃棄基準の見直し,労働安全衛生総合研究所特別研究報告No.44 (2014) pp.5-17.

(機械システム安全研究グループ 上席研究員 本田 尚 )

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