労働安全衛生総合研究所

溶接継手と応力集中

1.はじめに


 一般にクレーンなど大型の鋼構造物は長期に渡って使用し、数十年使用することも珍しくありません。ところが、製鉄所における天井クレーンの破損事例を調査した結果によると、クレーンの経年損傷は稼働開始から概ね3年で発生し、10年で最も多く発生することが報告されています(1)。損傷の種類は疲労損傷が最も多く、その多くは溶接部で発生しています。なぜ、溶接部にはこんなに早く疲労損傷が発生するのでしょうか。その原因の一つは、溶接部が「応力集中」という現象を避けられないことにあります。今回のコラムでは、応力集中という現象について解説するとともに、溶接部に発生する疲労損傷を軽減する方法について紹介します。


2.応力集中とは


 例として、図1のように遠方でy軸方向に一様な引張応力σ0を受ける広い板について考えます。この板に半径aの円孔を開けると、円孔の周りには応力が周囲より大きいところが現れ、円孔の縁(x=a,y=0)で最大値3σ0となります(2)。このように板に穴を開けたり、逆に突起を付けたりすると「形状の一様性」が損なわれ、局所的に応力が大きくなります。これを「応力集中」と言います。応力集中の度合い(応力集中係数)は、構造物の材質や絶対的な寸法には無関係で、板幅と穴径の比など、寸法比だけで決まるのが特徴です。先の円孔の例では、応力集中係数は3になります。したがって、不用意に構造部材にドリル等で穴を開けますと、そこに平滑部の3倍の応力が作用し疲労損傷の原因となりますので、注意が必要です。

図1 円孔の応力集中

図1 円孔の応力集中


3.溶接継手の応力集中


 図2のように円を押しつぶして楕円にしますと、応力集中部は小さくなりますが、応力勾配は急峻になり、応力集中係数は円孔に比べて大きくなります。このとき応力集中係数は長半径 hと点Aの曲率半径 ρの比 h/ρ によって定まり、 hに比べ ρが小さいほど大きくなります(3)


図2 楕円の応力集中

図2 楕円の応力集中


 これを溶接継手に当てはめたのが、図3です。図3の十字継手の応力集中係数は、主として垂直脚長 hと止端半径ρの比 h/ρ によって決まり、 hに対して ρが小さいほど大きくなります(4)。弊所で過去に十字継手の応力集中係数を求めたところ、大体4~7の範囲にありました(5)。したがって、溶接止端部の応力は平滑部の応力の4~7倍大きいことになります。クレーン構造規格では鋼構造部分の許容応力を降伏点の1/1.5もしくは引張強さの1/1.8のいずれか小さい値と定めていますが、応力集中係数を考慮すると溶接止端部は局所的に降伏点を超えて塑性変形していることになります。これが溶接部に早期に疲労損傷が発生する大きな原因の一つとなっています。

図3 十字継手の応力集中

図3 十字継手の応力集中


4.応力集中の低減


 溶接継手の疲労損傷は、溶接止端部の高い応力集中によって生じます。したがって、溶接部の疲労損傷を軽減するには、溶接止端部の応力集中係数を下げることが最も有効です。十字継手の応力集中係数は、垂直脚長 hに対して止端半径 ρを大きくすれば小さくなり、h/ρ< 1でほぼ一定値となります(6)。そこで、グラインダーで図4のように溶接部を仕上げして ρを大きくします。可能ならば、点線のようにフィレットを設け、これに沿って削り込むと、さらに応力集中係数が小さくなり、疲労強度を向上させることができます(7)

図4 溶接継手の応力集中係数の低減方法

図4 溶接継手の応力集中係数の低減方法


 また、ショットピーニングやハンマーピーニングといって、鋼の小球を吹き付けたり油性ペンの先ほどのハンマーを叩きつけたりすることによって、溶接継手の疲労強度を改善する方法もあります。この場合も止端半径ρを大きくすることができますが、これらの方法はどちらかというと、溶接部の疲労損傷を促進するもう一つの要因である残留応力の低下に主眼が置かれています(8)


5.おわりに


 溶接部に疲労損傷が早期に発生する原因として、応力集中という現象を解説するとともに、溶接継手の応力集中係数が主として垂直脚長と止端半径の比によって決まることを紹介しました。応力集中係数は寸法比だけで決まり、材質には関係しない値です。したがって、高強度な材料を使用しても、溶接継手の疲労強度は向上しないことに注意が必要です。


参考文献

  1. 日本機械学会,機械・構造物の破損事例と解析技術,pp.279-282(1984).
  2. 例えば,村上敬宣,弾性力学,養賢堂,pp.50-54(1985).
  3. 例えば,村上敬宣,弾性力学,養賢堂,pp.55-56(1985).
  4. 辻 勇,非荷重伝達型すみ肉溶接継手の止端部の応力集中係数の推定式,西部造船会々報,Vol.80,pp.241-251 (1990).
  5. 本田尚・佐々木哲也・山口篤志・吉久悦二,赤外線法による溶接継手止端部の応力集中係数評価,日本機械学会論文集A編,Vol.73 No.732,pp.837-843(2007).
  6. 西田正孝,応力集中,森北出版,p.634(1967).
  7. 小川彰弘・森猛,フィレットを有する面外ガセット溶接継手の疲労強度,土木学会第61回年次学術講演会講演論文集,pp.1137-1138(2006).
  8. Togasaki, Y., Tsuji, H., Honda, T., Sasaki, T., Yamaguchi, A., Effect of UIT on Fatigue Life in Web-Gusset Welded Joints, Journal of Solid Mechanics and Materials Engineering Vol4 No.3, pp.391-400 (2010).

(機械システム安全研究グループ 上席研究員 本田 尚 )

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