労働安全衛生総合研究所

脚立のステップの狭さと作業姿勢の相乗効果によるバランスの乱れについて

1.はじめに


 墜落・転落による死傷災害のうち、脚立やはしごからの転落は20%以上を占めます(令和3年)1)。災害原因としては、作業中に姿勢のバランスを崩す事例が最も多いことがわかっており2)、経験的には荷物を持った状態や、上を向いた姿勢での作業中にバランスを崩しやすいことは知られています3)。しかし、このような作業姿勢と姿勢の不安定さの関係について、科学的な検証は十分にされていませんでした。そこで我々は、脚立・はしご作業を想定し、足場の広さと作業姿勢という因子の相乗効果が、姿勢のバランスに与える影響について調査しました4)


2.実験方法


 床反力計とよばれる機器の上に高さ8 cm×横幅48 cmの足場板を設置し、指示された姿勢で足場板の上に1分間立ち続けてもらうという課題を行いました。実験条件として、足場板の前後長(足場幅条件)を6 cm、8 cm、10 cm、15 cmの4水準で変化させました。また、作業姿勢の条件として、(a) 標準立位条件、(b) 荷物保持条件、(c) 上向き条件、(d) 荷物保持×上向き条件の4水準で姿勢を変化させました。ここで荷物保持条件とは重さ1 kgで一辺12 cmの箱を両手で抱える条件で、上向き条件は目線の高さから60度上方に設置された点を目視する条件です。荷物保持×上向き条件は60度上方に手で抱えた箱を持ち上げ、箱の手前側の面を目視する条件です。足場幅条件と作業姿勢条件を組み合わせてランダム化し、11名の実験参加者を対象に測定を行いました。
 身体の動揺に関する指標として、身体の重心と床反力作用点の位置および移動速度を測定し、実験条件間で比較しました。なお、床反力作用点とは足で地面を蹴る力(体重+筋力)の反力を力のベクトルとして表現したものです。


図1 作業姿勢条件
図1 作業姿勢条件

3.実験結果


 図2に重心と床反力作用点の水平面上での移動速度の結果を示します(平均+標準偏差)。図の横軸が足場の前後幅、縦軸が速度を表します。(a) 身体重心と(b) 床反力作用点のどちらも、横軸が左側にあるほど、つまり足場の幅が狭いほど、重心の移動速度が速くなる傾向がみられました。ただしその変化は直線的ではなく、図中に点線で示した曲線のように姿勢の動揺が足場の幅の二乗に反比例して大きくなる傾向がみられました。また、標準立位条件と比べ、荷物保持条件<上向き条件<荷物保持×上向き条件の順に重心および床反力作用点の移動速度が上昇していました。
 最も重要な結果として、足場の前後幅によって、作業姿勢の影響が有意であるかが異なっており、作業条件による差は足場幅が6 cmの場合に最大となりました。このことから、作業内容によって姿勢の安定性が影響を受け、特に足場が狭くなるとその影響が顕著に現れることがわかりました。


図2 身体重心と床反力作用点の並進移動速度

図2 身体重心と床反力作用点の並進移動速度


 このような姿勢の動揺の違いは、作業姿勢の違いによって生じると考えられます。図3に身体を横方向からみた際の関節の角度の結果(足の傾き、足首、膝、股関節、体幹の傾き、首)を示します。標準立位条件と比較して、荷物保持条件では荷物を体の前方に抱える分、体幹が後傾し、首は屈曲していました。一方、上向き条件では上を向くために首が後傾していました。荷物保持×上向き条件では、体幹と首がどちらも後傾しており、足首の背屈が減少していました。このように荷物保持×上向き条件では異なる二種類の姿勢の拘束を組み合わせた姿勢を取っていることがわかります。このように、作業条件によって、作業中に求められる作業姿勢が異なるため、それが姿勢の拘束条件としてバランスに影響を与え、身体の動揺量が変化すると考えられます。


図3 実験条件ごとの関節角度の違い

図3 実験条件ごとの関節角度の違い


4.まとめ


 この実験から脚立・はしご作業についていくつかの示唆が得られます。一つ目は、脚立やはしごの上で特定の作業を行う危険性です。段ボールの上げ下ろしや蛍光灯の交換などの作業では、荷物保持や上向き姿勢の影響により、バランスが乱れやすくなると考えられます。また、姿勢の影響は狭い足場と組み合わされることで生じますので、地面の上では体感することが困難です。したがって、脚立・はしご作業に慣れていない人が「このぐらいは大丈夫だろう」と思って脚立上で作業をすると、予期せず姿勢が不安定となり、転落するリスクが高まると予想されます。次に、脚立やはしごなどの用具における、足場板の広さの重要性です。上向き作業だけでなく、様々な要因の組合せによって、作業中の姿勢は不安定になります。足場板が十分に広いと、その負の影響を小さくすることができます。作業者が注意し続けるのには限界がありますので、足場の幅が広い用具を使用して、注意力に依存しない形で転落のリスクを減らすことが有効です。
 本来、脚立やはしごは移動用具であり作業用に設計された用具ではありませんが、現実として様々な作業を行うために用いられています。今回の実験で示されたように、人間の身体のバランスは、足場の狭さと、作業内容の両方から大きな影響を受けます。転落災害の防止のためにも、使用する用具の種類・寸法と、作業方法および手順をあらためて見直してみて頂ければと思います。


  1. 労働災害統計,厚生労働省 職場のあんぜんサイト 内,https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/tok/anst00.html(2023年4月10日確認)
  2. 菅間 敦, 大西 明宏, 脚立に起因する労働災害の分析, 労働安全衛生研究, 2015, 8 巻, 2 号, p. 91-98, https://doi.org/10.2486/josh.JOSH-2015-0009-CHO
  3. 厚生労働省,はしごや脚立からの墜落・転落災害をなくしましょう! https://jsite.mhlw.go.jp/shiga-roudoukyoku/content/contents/001151385.pdf(2023年4月10日確認)
  4. Sugama Atsushi, and Akihiko Seo. 2021. "Analysis of Postural Instability in the Upright Position on Narrow Platforms and the Interactions with Postural Constraints" Sensors 21, no. 11: 3909. https://doi.org/10.3390/s21113909

(リスク管理研究グループ 主任研究員 菅間 敦)

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