労働安全衛生総合研究所

特別研究報告 SRR-No.50 の抄録

  1. 数値解析を活用した破損事故解析の高度化に関する研究
  2. 山岳及びシールドトンネル建設工事中の労働災害防止に関する研究
  3. テールゲートリフターからの転落防止設備の開発と検証
  4. 化学物質のばく露評価への個人ばく露測定の活用に関する研究
  5. 医療施設における非電離放射線ばく露の調査研究

数値解析を活用した破損事故解析の高度化に関する研究

研究全体の概要

SRR-No50-1-0
山際 謙太,山口 篤志,本田 尚,佐々木 哲也
 近年の災害調査の傾向として、災害発生前に作用した応力などを推定するという量的な調査結果が求められている。第13 次労働災害防止計画においても「科学的根拠、国際動向を踏まえた施策推進等」と記載されているように、量的なデータを元に災害を調査していくことは、科学技術の発展のみならず行政的には客観性のある基準、規格作りなどを行えるという点で有効である。一方で、クレーンなどの産業機器においては経年機と呼ばれる長期に使用された機械が増加している。こうした機械は設計者が想定していない場所などで腐食または疲労などで破壊することがある。こうした背景の元、本研究では、破損事故解析により定量性を持たせた結論を導けるよう、1)材料破断面の数値解析手法の開発、2)実験力学の援用による数値応力解析の高度化というサブテーマを構成して研究を行った。材料破断面の数値解析手法の開発においては、1)金属破断面データベースの構築と2)ディープラーニングを活用した破断面の自動分類というシステムの開発を行った。これにより破断面解析は解析初心者にはデータベースによる破断面の効率的な検索が可能になり、また、判断の指標として自動分類のシステムを活用することができることになった。従って、従来より効率的かつ定量性のある結論が導けるようになったという点で高度化したと言える。次に、実験力学の援用による数値応力解析の高度化では、デジタル画像相関法と呼ばれる非接触で広範囲の変位分布を取得できる方法を利用して、実荷重を受ける構造物の変形量を取得し、得られた変位情報を有限要素解析に援用することで、構造物に生じる実際の変形を考慮した応力解析を行った。従来から行われてきた荷重の入力のみによる応力解析に比べ、境界条件として実際の変形を考慮して応力解析を行えることが高度化した点として挙げられる。以上のことから、機械構造物の破壊に起因した事故の解析においては、本研究で開発したシステムを元に、技術者の経験に依存していた部分を自動化または定量化していくことができ、破損事故解析は高度化したと言える。

材料破断面の数値解析手法の開発

SRR-No50-1-1
山際 謙太,本田 尚,佐々木 哲也
 機械構造物の破壊に起因した事故の調査において、破断した面(破断面)の調査は原因推定に役立つ。一方で、破断面の解析には経験などが必要であるが、近年は熟練した解析者が減少しており、技術力の低下および知識伝承が問題視されている。こうした背景の中、本研究では1)金属破断面データベースの構築と、2)ディープラーニングの活用による破断面の自動分類という2 本の内容で研究を実施した。金属破断面データベースでは、破断面の写真などを収集し、観察者がコメントなどを書き込むことで、破断面の取扱及び注目すべき様相など結果を導くために必要な知識の保存及び伝承を行う環境を構築した。ディープラーニングによる破断面の自動分類では、多層型ニューラルネットワークを活用し、破断面から破壊機構を推定するための数値解析手法を開発した。こうした知識伝承を行う環境及び数値解析手法の開発を行うことで、熟練者の減少などの問題を解決していく基盤的環境の構築を実施した。
キーワード:破断面解析,破壊力学,画像処理,ディープラーニング,データベース

実験力学の援用による数値応力解析の高度化に関する研究 —デジタル画像相関法の利用—

SRR-No50-1-2
山口 篤志,山際 謙太,本田 尚,佐々木 哲也
 産業機械の破損によって被災者が出るなどの災害が発生した場合、災害の発生原因究明や再発防止対策を目的として、数値解析が利用される。数値応力解析の中で、特に有限要素解析は、破損原因となった箇所を視覚的に捉え、破損原因の究明に有効である。しかし、有限要素解析は解析モデル作成に多大な労力と時間が必要なだけでなく、実構造物の応力分布を得るために、実働荷重や境界条件を正確に決定することは困難である。一方で、有限要素解析による変位分布が、実験力学によって得られた変位分布と一致するように、有限要素解析の荷重境界条件を決定することで得られる応力分布は、妥当性のある境界条件によって得られた解析解として、荷重入力のみの数値解析に比べて高度化が図れる。近年、CCD カメラや画像処理技術の向上の背景を受け、デジタル画像相関法(DIC)と呼ばれる、変形前後のデジタル画像を用いて、撮影された範囲における変位分布が取得できる方法が注目されている。本稿では、DIC を利用して実荷重を受ける構造物の変位分布を取得し、得られた変位情報を有限要素解析に援用することで、構造物の実際の変形を考慮した数値応力解析が行えることを報告する。
キーワード:デジタル画像相関法(Digital Image Correlation, DIC),有限要素解析,キャリブレーション

山岳及びシールドトンネル建設工事中の労働災害防止に関する研究

研究全体の概要

SRR-No50-2-0
吉川 直孝,大塚 輝人,清水 尚憲,堀 智仁, 山際 謙太,平岡 伸隆, 板垣 晴彦,中村 憲司,濱島 京子,大幢 勝利,伊藤 和也,北條理恵子
 本研究は、トンネル建設工事中に社会的なインパクトの大きい重大災害が発生したことを受け、また災害事例分析結果から多発する災害や障害を防ぐため、落盤・崩壊災害、爆発災害・粉じん障害、接触災害に焦点を当て、それらの災害を防止するため、厚生労働省及び国内外の業界団体に技術的な情報を提供することを目的とした。研究の成果としては、厚生労働省から4 つのガイドラインおよび通達の発出に貢献し、また、土木学会、日本トンネル技術協会、International Tunnelling and Underground Space Association (国際トンネル協会)等に情報提供し、書籍の発行やガイドラインの作成等に貢献した。

落盤・崩壊災害の防止に関する研究

SRR-No50-2-1
吉川 直孝,伊藤 慎也,保利 彰宏,酒井喜久雄,平岡 伸隆
 トンネル建設工事中の切羽における肌落ち災害を防止するため、掘削後の素掘り面に対して吹付けコンクリートを打設する場合がある。その10 数分後には鋼製アーチ支保工を建て込むため、作業員が切羽に立ち入る場合もある。本研究では、地山から剥離した岩石が吹付けコンクリートを押し抜こうとする際の同コンクリートの抵抗力と破壊機構を明らかにすることを目的とし、若材齢のコンクリートおよび繊維補強モルタルを岩石により押し抜く実験装置を開発し、3 次元レーザスキャナ等を用いて強度変形特性を評価した。また、押し抜き実験を個別要素法によりシミュレートし、吹付けコンクリートの破壊機構を明らかにした。特に、押し抜き岩石の貫入に伴い、押し抜き岩石左右端の吹付けコンクリートの微小要素の応力状態が引張破壊基準に順次到達し進行的に破壊することが示唆された。そのような破壊機構に基づき、押し抜き強度の算定式を求めた。
キーワード:吹付けコンクリート,若材齢,押し抜き,肌落ち,個別要素法

トンネル工事における換気効率化のための検討

SRR-No50-2-2
大塚 輝人,中村 憲司,酒井 健二,板垣 晴彦
 トンネル建設工事に際して、粉じんの発生は避けられない。発生した粉じんをいかに効率よく除去するかは、換気システムをどのように配置するかにかかっている。本研究では、アリゾナ砂漠のけい砂を分級して作成された標準粉じんを用いて定量的な粉じん分散系を模擬トンネル内に設定し、換気システムの評価方法を検討した。その結果、切羽面から、トンネル高さの6 倍離れた位置からの換気によって、切羽付近で粉じんが滞留する現象を確認した。また、微小粒子状物質による大気汚染の簡易計測を目的とした装置のトンネル掘削工事への適用性について、標準的な相対粉じん濃度計LD-5R との比較を検討した結果、簡易な相対濃度計として使用できる可能性が示された。
キーワード:NATM,換気,標準粉じん,粉じん分散装置

トンネル用建設機械による労働災害防止に関する研究

SRR-No50-2-3
清水 尚憲,濱島 京子,大幢 勝利,北條 理恵子
 本研究では、トンネル施工現場において発生している建設機械と作業者との接触災害を防止するために、ICT 機器を利用した安全管理支援システムである支援的保護システム(SSS)を提案する。SSS とは、残留リスクを対象とし、作業者の注意力のみに頼らない確実性の高い安全作業支援が可能となるシステムである。SSS の構成要素として、インパルス方式の超広帯域無線(Ultra Wide Band、UWB)、ビーコンセンサあるいはTOF(Time of flight)方式を用いた3D レーザーレーダーといった様々な位置情報センサの精度を検証した。その結果、①UWB は精度よく位置情報が獲得できるが、金属物等の周囲環境により対策が必要であること、②ビーコンセンサは、手軽で実用的ではあるが、精度がUWB より低いため位置情報を獲得するのに用いるには課題が多く残る結果となった。しかしながら、バイタルサインの獲得用への使用が期待されること、③3D レーザーレーダーに関しては、作業者と建設機械の位置情報は捉えることができたが、必要要件のいくつかは録画後の解析での達成にとどまり、リアルタイム計測においては、課題が残る、ということが明らかとなった。今後、得られた結果をもとに、現場の特色に合わせたSSS の開発が望まれる。
キーワード:トンネル施工工事現場, ICT, time of flight 方式,3D レーザーレーダー, 支援的保護システム

テールゲートリフターからの転落防止設備の開発と検証

研究全体の概要

SRR-No50-3-0
大西 明宏,清水 尚憲,山際 謙太,山口 篤志,吉田 武,山口 勲
 荷役作業の省力装置であるテールゲートリフター(以下、TGL)は荷捌き設備のない路上等でも荷台と地面の移動が可能となるため重宝されており、国内外を問わずに多く用いられている。その一方で、作業者が後ろ向きにロールボックスパレット(以下、RBP)等の荷を移動した際に転落し、TGL のプラットホーム上に残ったRBP 等も転落したことで作業者が下敷きとなる死亡災害も発生している。しかしながらTGL からの転落防止に関する具体的な対策は未だ示されていない。本研究ではTGL 使用時の災害を包括的に分析した上で問題点を整理すると共に、これまでに重篤な災害が報告されているTGL プラットホームからの転落防止対策としての柵の開発、荷台からの転落防止のためのインターロックシステムの試作等を通じ、安全なTGL 使用に関するガイドラインの提案を目指すことを目的とした。

テールゲートリフター使用に起因する労働災害の分析

SRR-No50-3-1
大西 明宏
 テールゲートリフター(以下、TGL)はトラックの荷台後端に袈装される省力装置として活用されているが、TGL 使用に伴う死亡災害も報告されている。本研究では2011 年および2012 年に発生した休業4 日以上の労働災害データを対象にTGL 使用に起因する災害を分析した。その結果、両年のTGL 起因災害の年間件数を推計したところ558~632 件(0.49~0.53%)が確認され、とりわけ約8 割は運輸交通業および貨物運送業(陸運業)で発生していた。被災状況の特徴を見ると作業者の転倒・転落と飛び降りおよび荷の転倒・転落が共に2 割以上、TGL プラットホーム(以下、ホーム)動作中の身体挟まれ等が約2 割であった。ホームの位置(状態)ごとでは、ホーム停止中の荷台高さが3 割以上で最も多かった。発生原因として多かったのは路面やホームの傾き、ホームから作業者や荷がはみ出したことに関連するものであった。したがってホームから作業者や荷が動く前提での対策である設備的な転落防止として柵の導入が必要になると示唆された。また、作業者搭乗による昇降時の挟まれ防止にはこの方法を禁止するだけでは実効性がないことから、代替する移動用ステップの設置等が不可欠であると考えられた。
キーワード:テールゲートリフター,労働災害,転落,挟まれ,陸運業

テールゲートリフター使用時の荷・作業者の転落防止装備の開発

SRR-No50-3-2
大西 明宏,清水 尚憲,山際 謙太,山口 篤志,吉田 武,山口 勲
 テールゲートリフター(TGL)はトラックの荷台後端に袈装される省力装置として荷役作業には不可欠の存在となっている。しかしながらTGL 使用に伴う労働災害が陸運業で多く発生しており、その約7 割はTGL のプラットホームあるいは荷台からの転落災害であることが確認されている。本研究ではTGL 使用時の災害を抜本的に防止するための設備対策として、プラットホームを加工することなく着脱可能な転落防止柵の開発、プラットホームが荷台高さにある時のみ荷の運搬が可能、かつそれ以外の時のみプラットホームが上昇・下降できるインターロックシステムを試作した。着脱式の転落防止柵は水平方向への負荷による強度試験の結果、重り120kgの負荷でも脱落しない強度を有したことから、特許出願の上で現場試用による検証を進めることにした。またインターロックシステムに関しても実作業にもとづくシナリオにて試作し、荷台からの転落防止を実現する仕様を提案した。ただしいずれも社会的認知や現場検証が不十分であることから、今後は転落防止柵およびインターロックシステムを実装レベルに引き上げることが課題になると考えられた。
キーワード:テールゲートリフター,転落,転落防止柵,インターロックシステム

化学物質のばく露評価への個人ばく露測定の活用に関する研究

研究全体の概要

SRR-No50-4-0
鷹屋 光俊,萩原 正義,山田 丸,井上 直子,岩切 一幸,加藤 伸之,菅野 誠一郎,韓 書平
 化学物質のリスクアセスメント義務化に伴い、日本でも本格的に個人ばく露測定が実施されると予想される。個人ばく露測定の歴史が長い諸外国に対し、日本では個人ばく露測定のノウハウの蓄積が乏しく、単純に外国の文献・マニュアルを輸入したのでは個人ばく露測定を適切に行えない可能性がある。本プロジェクト研究では、個人ばく露測定を活用し、化学物質のリスク評価をより確実に実施するための助けとなる知見の提供を目指し研究を行った。解決を図る方針として下記の3点を設定した。(a)個人ばく露測定を実施する事業者あるいは分析機関の負担を軽減するため、標準試料の簡便な作製方法の開発、(b)個人ばく露測定の対象労働者の負担軽減のため、高感度分析方法を利用したサンプリング捕集量の削減によるポンプおよびサンプラーの軽量化の実現と、サンプラー装着が作業者に与える負担の評価を行い負担の少ない装着法の提案、(c)1作業日を通したばく露リスクではなく、作業やばく露形態に応じた作業毎のリスク判定を可能にする方法等の提案。これらの課題を解決するために、具体的な研究実施内容として、粒子状物質の標準試料調製方法と、これを用いた蛍光X 線分析の個人ばく露測定への応用、反応型パッシブサンプラーの妨害物質共存下での適用可能性の評価、サンプラー着用時の負担に関する人間工学的評価、短時間サンプリングに資するためのフィルターおよび分析装置の性能評価、金属の化学種に応じたばく露評価を行うための模擬生体溶液への粒子状金属類の溶解特性評価システムの構築などを行った。

蛍光X 線測定(XRF)による気中金属類分析と,多分散エアロゾル発生システムを利用した気中粒子捕集フィルター標準試料作成の試み

SRR-No50-4-1
鷹屋 光俊,山田 丸
 労働環境中に存在する粒子状金属化合物には、難溶解性の物質も多い、一方金属類の分析方法として現在用いられている原子吸光分析、誘導結合プラズマ発光分光分析、誘導結合プラズマ質量分析等は水溶液試料を対象としているため、手間がかかり安全性の課題も多い分解・溶液化前処理を必要としている。この分解・溶液化処理を不要とすれば、濃度測定が容易になり、測定の場所・頻度などを増やして、より精密なばく露評価を行う事が可能になる。我々は、難溶解性金属粒子化合物を溶液化すること無く分析する方法として蛍光X 線分析の利用を提案し、個人ばく露測定を想定とした模擬試料を用いて性能評価を行った。その際必要となる、粒子を均質かつ定量的にフィルター上に捕集した標準試料を、多分散エアロゾル発生システムを利用することにより調製を試みた。個人サンプラーを用いた金属粒子の分析を行う場合4 時間捕集で概ね0.6 µg の金属量の分析を行う事が必要であるが、亜鉛の例で多分散エアロゾル発生システムによる標準試料を用いることにより、0.195 µg の定量下限でフィルター試料のXRF 分析を行えた。
キーワード:蛍光X線分析, XRF, 標準試料,多分散エアロゾル発生システム, 個人サンプラー

個人ばく露測定用ポンプの装着位置および形状が作業のしやすさに及ぼす影響

SRR-No50-4-2
岩切 一幸,鷹屋 光俊,山田 丸,加藤 伸之,外山みどり,小山 冬樹
 本研究では、個人ばく露測定用ポンプの装着位置および形状が作業のしやすさに及ぼす影響について検討した。被験者は男性18 名とした。ポンプの装着位置は3 条件(腰の位置:体の前面、側面、後面)、形状は5 条件(縦と横の寸法:①20×10cm、②15×10cm、③10×10cm、④10×15cm、⑤10×20cm)とした。被験者には作業姿勢の異なる6 つの模擬作業(立位×2、座位×2、しゃがんだ姿勢×2)にて、主観的な作業のしやすさを回答させた。実験の結果、縦長のポンプは、体の前面に装着して座位としゃがんだ姿勢にて作業する場合に作業の邪魔になった。しかし、ポンプを体の側面と後面に装着する場合、ポンプの形状の違いは、作業のしやすさに影響しなかった。ポンプの装着位置は、作業姿勢ごとに邪魔にならない適切な位置があった。これらのことから、ポンプによる作業のしやすさには、今回設定したポンプの形状よりも装着位置が大きく影響し、その装着位置を適切に設定することが重要と考えられた。
キーワード:ばく露測定,ポンプ,装着位置,形状,作業のしやすさ

誘導体化反応により有害物質を捕集するパッシブサンプラーの共存物質による問題点と複数物質同時測定の可能性評価方法の検討

SRR-No50-4-3
井上 直子,鷹屋 光俊
 個人ばく露測定や個人サンプリングの方法を用いた時に、ポンプ装着による作業者への負担の低い方法として、パッシブサンプラーの活用が期待されている。また、複数の測定物質を其々別の方法により測定を行うよりも、同一の方法で同時に測定を行える方が、測定者等の負担が軽減される。そのため、作業環境の測定やリスクアセスメントへのパッシブサンプラー活用のため、誘導体化反応により有害物質を捕集するパッシブサンプラーを用いる場合の捕集時の問題点や複数物質の同時測定の可能性を、ホルムアルデヒド用DNPH パッシブサンプラーをモデルサンプラーとして用いて、パッシブサンプラーのフィルターに試料溶液を添加する方法により調査した。DNPHはアセトンとも反応するため、アセトンが高濃度で共存する場合、ホルムアルデヒド測定への妨害となる可能性が懸念されるが、ホルムアルデヒドは、高濃度のアセトン共存下においても、測定が可能であることが明らかとなった。また、複数物質の同時測定の可能性については、DNPH フィルター上でのサンプルの反応が速く、濃度変化を測定することが困難であったため、相対反応速度定数比を比較し、比較的簡便に、既存の方法への適用の可否について確認を行うことが出来た。
キーワード:パッシブサンプラー,ホルムアルデヒド,評価方法,フィルター表面,反応速度,DNPH

個人サンプラーNWPS-254 に用いるフッ素樹脂処理ガラス繊維フィルター4 種類の粒子捕集効率の評価

SRR-No50-4-4
山田 丸,鷹屋 光俊
 個人サンプラーNWPS-254(柴田科学)で粉じんを捕集する際の、フッ素樹脂処理ガラス繊維フィルター4 種類(T60A20、TF98、TX40HI20WW、PG60)の粒子捕集効率を評価した。実験装置は、エアロゾル発生部、フィルター(NWPS-254 にセットし吸引流量2.5 L/min でエアロゾルを捕集)および測定装置からなり、それぞれを導電性チューブで繋いで評価システムを構成した。粒子捕集効率の測定には静電分級器で分級した塩化カリウムエアロゾル(30~500 nm の単分散10 粒径)を用い、フィルター通過前後の粒子数濃度を凝縮核カウンターで計測して求めた。その結果、いずれのフィルターも粒径100 nm において捕集効率が最も低く、T60A20 で87.0%、TF98 で91.9%、TX40HI20WW で99.6%、PG60 で99.7%となった。一方、作業環境測定基準(300 nm の粒子を95%以上捕集する性能を有するものに限る)はすべてのフィルターが満たしており、いずれも個人サンプラーNWPS-254 を用いた作業環境測定に利用可能であることが確認された。
キーワード:PTFE 処理ガラス繊維フィルター,個人サンプラー,サブミクロンエアロゾル,捕集効率

個人サンプラーを利用した,労働環境空気中の低濃度の金属測定・分析に関する検討

SRR-No50-4-5
韓 書平,鷹屋 光俊
 近年、作業環境における有害な化学物質による健康障害の新たな知見を踏まえ、発生源の封じ込め、マスクなどの保護具の着用およびリスアセスメントの業務化などの対策に加え、より低濃度まで有害化学物質の管理が求められるようになった。そのため、労働環境において広く使用されてきた金属分析方法として、原子吸光、原子発光法からより感度の高い誘導結合プラズマ発光分析法(ICP-AES)および誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)に移りつつある。本報告では、労働衛生環境における既存のNMAM(NIOSH マニュアル)の空気中粒子の前処理法に準じて標準溶液試料を調製すること(検量線試験)とし、現行のICP-AES/MS 装置の運転条件を変えて既存の金属粒子分析に適している高濃度の酸の干渉影響を低減するかどうか等の運転条件や前処理方法(希釈プロセス)の最適化、それを行った場合にどの程度の低濃度まで測定可能か、およびリスク評価の精密化のための短時間サンプリングの可否を検討した。
キーワード:日本作業環境測定ガイドブック,NMAM,NIOSH マニュアル,ICP-MS,ICP-AES,個人サンプラー

模擬汗へのマンガン化合物溶解評価—誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS) および誘導結合プラズマ発光分析法(ICP-AES) による模擬汗中のマンガンの定量—

SRR-No50-4-6
韓 書平,鷹屋 光俊
 電解質・有機化合物を含む模擬汗を調製し、模擬生体溶液中の金属濃度を測定することにより、金属化合物の経皮ばく露の評価を行う方法の開発を試みた。被験物質としては、マンガン化合物を選択し、18 種類の電解質・有機化合物を含む模擬汗を試料マトリックスとした。今回模擬汗に使用した物質とマンガンとの間には分光干渉をはじめとした干渉が少なく、ICP-AES では模擬汗を無希釈で測定可能であった。一方、ICP-MS では塩化ナトリウム由来の塩化物イオン等の影響がみられ、塩化ナトリウム濃度が300 µg/L 以下となる5 倍以上の希釈が必要であった。これらの結果は、金属化合物の経皮ばく露評価にとって重要な情報と考える。
キーワード:マンガンおよびその化合物,経皮ばく露,ICP-MS,ICP-AES

医療施設における非電離放射線ばく露の調査研究

研究全体の概要

SRR-No50-5-0
山口 さち子,井澤 修平,劉 欣欣,ソン スヨン,王 瑞生,中井 敏晴,今井 信也,小林 宏一郎,赤羽 学,Rianne Stam,調査表作成WG;岩切 一幸,関野 正樹
 本研究では、非電離放射線の職業ばく露が最も懸念される磁気共鳴画像(Magnetic Resonance Imaging:MRI)検査業務において、労働安全衛生の状況を把握し必要な対策を講じることを目的として、①アンケート調査、②現場調査、③実験室実験の3 点から横断的な研究を実施した。
  • ① アンケート調査では妊娠就業者と非電離放射線の関わりに着目し、現場では安全性情報の少なさから、科学的根拠に基づかない過剰に安全側に配慮した配置決定がなされる例があることが明らかとなった。このため、非電離放射線の基本的性質や、現在までの妊娠・出産への静磁場影響の文献調査結果をHP より公表した。また、女性就業者を対象とした妊娠・出産調査からは非電離放射線の明確な有害影響は観察されなかった。
  • ② 現場調査では、MRI 検査業務で発生することが知られている一時的体調変化(めまい、頭痛等)に着目し、国内7病院58 名の協力を得て5 就業日における発生率調査と個人ばく露調査を実施した。その結果、発生率は非ばく露群と比較して有意な差は観察されなかった。また、その結果は身体負荷状況を考慮しても同様であった。一方で①の結果中で生涯中にこれら事象を感知する率は3 割以上であることから、現象としては確立しているが日常的に発生する事象ではなく、したがって定期教育などで啓発することが適当であると考えられた。個人ばく露調査の結果からは、一日の業務のうち10 分程度は自発的体動制御が必要なMRI 装置近傍で作業が行われることが示された。
  • ③ 実験室実験では、②と同様に磁界ばく露による一時的感覚変化(特に身体動揺)について、重心動揺計を用いたばく露前後の比較(実験1)及びモーションキャプチャによるばく露中の静止立位の変化検出(実験2)を実施した。その結果、実験1 では磁界ばく露による影響はほとんど検出されなかった。また、実験2 では前後軌跡長など一部パラメーターが磁界ばく露中で増大したが、その差は軽微であった。
 これらの結果を総合すると、職域の非電離放射線の労働衛生の状況及び必要な対策については、第一に妊娠就業者と非電離放射線の関わりについてはリスクコミニケーション不足が見受けられ、今後も継続的な情報収集・発信が必要であることが示された。第二に、一時的体調変化といった短期的影響では事象が顕在化していないものの、高磁界環境下で作業するという特殊性を踏まえた教育は必要であり、定期教育等で対策することが推奨される。

妊娠中のMRI検査業務担当の現況と非電離放射線の意識状況調査—結果概要と対応状況

SRR-No50-5-1
山口 さち子,井澤 修平,今井 信也,赤羽 学,Rianne Stam,王 瑞生
 本研究では、妊娠就業者のMRI 検査業務配置を考えるにあたり、どのような情報発信が必要かを明らかにするために、平成29 年11 月に国内MRI 設置施設(5763 施設)の管理者(MRI 検査責任者宛)に妊娠就業者のMRI検査業務の配置方針とその選択根拠を問うアンケートを実施した。配布した5763 件のうち2103 件が回収され(単純回収率36.5%)、2072 件を有効回答数とした。基本統計からは、MRI 検査部門への女性の登用が進んでおり女性職員がMRI 検査業務で存在・関与する割合は中央値(0 を除外)で29.6%であった。妊娠就業者のMRI検査業務配置方針(予定方針含む)には国内一貫性は観察されず、妊娠後は積極的に配置する施設は7.6%、以前と同様の頻度で配置する施設は32.8%、配置回数を減らす施設は52.6%であり、配置を回避する傾向が高いことが示された。選択根拠については、57.6%の回答者が「これまでに影響ありという報告はないが念のための措置として」とする回答であり、かつ、有害性情報の開示と実務上のガイダンスのニーズが示された。非電離放射線に関する意識調査については一定の関心があり、配置方針の選択にも影響を与えている可能性が示唆された。将来対策として、ガイドライン、ガイダンスに関して90.5%の回答者が何らかの提案は必要であると回答しニーズの高さが明らかとなった(日本磁気共鳴医学会雑誌 Vol. 38、pp. 103-119。)。これらの結果に基づき、情報提供資料として当研究所HP、報告書・リーフレット等より「医療施設における非電離放射線-短期的影響の防護、生殖・発生への静磁界の影響の考え方-」を発行した。
キーワード:MRI検査業務,静磁界,妊娠就業者

MRI検査業務における妊娠就業者の配置方針の背景要因の検討

SRR-No50-5-2
山口 さち子,今井 信也,赤羽 学,井澤 修平,王 瑞生
 本研究では2017 年11 月にMRI 検査責任者宛てに実施した妊娠就業者のMRI 検査業務の配置方針に関するアンケート2072 件について、消極的配置(妊娠報告後は配置を減らす、配置しない等)の背景要因を検討した。背景要因として、回答者の非電離放射線の見解と身体負荷の見解に着目した。第一に、決定木分析で消極的配置の回答について段階的に分析を行った結果、第一~三層で非電離放射線や身体負荷の見解が要因として抽出され、特に有害性に対する懸念が強く影響していた。続いて、消極的配置の選択における非電離放射線/身体負荷の見解の影響を二項ロジスティック回帰分析で検討した。独立変数は単変量解析で有意差を示した非電離放射線の「関心・知識取得状況」、「有害性の懸念」、「ばく露防護」の3 項目に、「身体負荷」、「基本属性」(性別、年齢、人員充足度)とした。その結果、消極的配置の選択においては、非電離放射線への興味・関心は選択に影響を及ぼさないが、有害性やばく露防護に対する憂慮が影響を与えていることが示された(労働安全衛生研究。2019; 12(1):3-12。)。身体負荷の見解についても影響が観察されたことから、配置方針を検討する際の考慮要素であることが示唆された。また、基本属性では特に年齢が選択に影響していることが明らかとなった。本研究の分析結果に基づき、管理者と当事者が同程度に安全情報を共有できる資料を作成しHP より公開した(当研究所HP、報告書・リーフレット等より「医療施設における非電離放射線-短期的影響の防護、生殖・発生への静磁界の影響の考え方-」)。
キーワード:非電離放射線,MRI,安全意識,妊娠就業者,業務配置

勤務日の身体負荷を考慮に入れた個人磁界ばく露調査

SRR-No50-5-3
山口 さち子,今井 信也
 磁気共鳴画像検査(Magnetic Resonance Imaging:MRI 検査)では、装置より漏洩する磁界によって付近で勤務する操作者に一時的な体調変化(めまい、頭痛等)が生じることが知られている。著者らの先行研究から調査期間に応じて経験率が変化することが示されているが、日常的な発生率の捕捉には至っていない。また、一時的体調変化は自覚症状に基づくものであるが、当日の体調や作業中の身体負荷の関与について過去に十分検討がなされていない状況である。そこで本研究では、MRI 検査業務従事中の一時的体調変化について、短期的な記録(5 就業日)による日常的な発生率の捕捉と、身体負荷を考慮した発生状況の検討を本調査の目的とした。作業者に日勤5 就業日中に小型の個人ばく露計と活動量計の携帯を依頼し、業務終了時に作業記録の記入を依頼した。その結果、 58 名の参加者より314 件(うち、MRI 検査実施群:120 件、非実施群:194 件)のデータを得た。作業記録の結果より、5 就業日といった短期間ではMRI 検査業務中の一時的体調変化の発生割合は他業務と同等程度又はそれ以下で(MRI 検査実施群:8.3%、非実施群:12.4%)、日常的に発生する事象ではなかった。また、身体負荷で調整をしても一時的体調変化の発生率はMRI 検査実施群で有意に増加するものではなかった(OR:0.65, 95%CI: 0.23-1.78)。小型磁界計の計測結果より、MRI 室内に滞在中のうち一定程度(10 分程度)は自発的体動制御が必要な装置近傍で作業が行われることが示されたが、国際ガイドライン以下のばく露であり、作業記録の結果を補強するものである。ただし、急激な体勢変化は引き続き注意喚起が必要であると考えられる。
キーワード:職業磁界ばく露,個人ばく露調査,身体負荷

身体動揺を指標にした磁界ばく露の影響評価価

SRR-No50-5-4
山口さち子,ソン スヨン,岩切 一幸,関野 正樹,中井 敏晴
 磁気共鳴画像(Magnetic Resonance Imaging:MRI)検査は地磁気の数万倍以上の静磁界を利用し、臨床では0.5-3 T、研究用途では7 T 以上の高強度の静磁界が利用されている。現在までの研究で静磁界中の体動でめまい、頭痛等の一時的体調変化が発生することが知られているが、しかしながら、作業前後の身体動揺の程度や経時的変化については報告がない。そこで本研究では実際のMRI 検査業務と同等程度の高磁界環境での作業(約15 分間の静的静磁界ばく露と、約1 分の動的静磁界ばく露として頭部回転動作2 回)において、ばく露前後の身体動揺の変化を重心動揺計にて計測し検討した。実験参加者は実験前に重心動揺の計測を行い、前室およびMRI 室で作業を行った。ばく露環境は頭部で最大982±263 mT であった。ばく露順序は前室(コントロール条件)の後にMRI 室(MRI 条件)、MRI 条件の後にコントロール条件と実験参加者によりランダム化した。全てのタスク終了5 分後に再度重心動揺の計測を行った。重心動揺は開眼および閉眼にて測定した。測定データからは総軌跡長、左右・前後軌跡長、単位軌跡長、左右・前後単位軌跡長、矩形・外周面積、左右・前後最大振幅を算出した。解析では開眼・閉眼条件ごとに、ばく露の有無と実験参加者の年齢(25 歳未満群・25 歳以上群)を二元配置分散分析にて解析した。その結果、磁界ばく露による主効果は開眼条件の外周面積を除き認められなかった。年齢による主効果は開眼と閉眼条件ともにほぼ全ての条件(開眼条件の前後軌跡長、前後単位軌跡長を除く)にて認められた(p<0.05)。磁界ばく露と年齢の交互作用は認められなかった。これらのことから、約1 T の環境で15 分間の静磁界ばく露をともなう作業においては、重心動揺の変化を生じさせるものではなかった。
キーワード:静磁界,身体動揺,モーションキャプチャ

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