労働安全衛生総合研究所

安全資料 SD-No.22 の抄録

移動式クレーンの安定設置に必要な地盤の支持力要件

SD-No.22
玉手聡

 移動式クレーンの転倒原因には,過荷重や構造的な損傷による不安定化に加えて,アウトリガーの沈下による不安定化がある.クレーン等安全規則においても,アウトリガーに対する沈下防止対策の実施が述べられている.しかし,設置地盤の支持力条件については定性的な表現で記述されており,安定性の判断は事業者に委ねられているのが現状である.そのため,転倒防止に必要な支持地盤の定量的条件や安全率の閾値の解明が必要性とされている.移動式クレーンの機体は近年,安全性が向上しているにもかかわらず,その転倒災害数には減少が見られない.さらにはクレーンの大型化に伴って地盤に載荷される荷重は増大する傾向にある.これらの状況を考えると,転倒防止には安定設置が不可欠であり,支持地盤に対する設置条件の基準化が必要とされている.

 本研究では,既往の研究や災害事例の調査を実施し,安全上の問題点を分析した.次いで,設置地盤の支持力と地盤内変形を調査した.移動式クレーンが設置される代表的な地盤の条件を抽出し,支持力実験を行った.不飽和な含水状態と圧縮性を有する土質条件を考慮し,模型地盤は関東ロームにより作製した.フーチングの沈下に伴って発生した地盤内変形を解析し,クレーン設置時に必要とされる地盤の調査範囲を明らかにした.

 次に,支持地盤における延性的破壊と脆性的破壊の発生がアウトリガーの沈下速度に与える影響の解明を目的に,一様地盤と表層固結地盤に対する支持力実験を行った.その結果,表層固結地盤の載荷圧力()–沈下比()関係に現れる屈曲点後の接線勾配は,一様地盤に比べて減少することを明らかにした.屈曲点前後の接線勾配の比を脆性沈下指標(E)と定義し,Eは後述する移動式クレーンの動的不安定性評価に用いた.そして,アウトリガーの沈下とクレーンの不安定性に関する理論解析を実施した.この解析では沈下を考慮したクレーンの静的安定限界と急激な沈下を考慮した動的安定限界を求めた.それぞれの安定限界よりアウトリガー沈下量の上限値(静的沈下量)と下限値(動的沈下量)を計算した結果,2つの値には大きな差があることがわかった.そして,静的沈下量と動的沈下量は同一作業半径においても,その他の作業条件(ジブ長,アウトリガー張り出し幅)の違いによって異なることを明らかにした.

 次に,支持地盤の沈下が移動式クレーンの不安定性に与える影響を,遠心模型実験と数値解析により検討した.遠心模型実験では,模型地盤に異なる 関係を与えて転倒を再現し,そのメカニズムを調べた.数値解析ではクレーンモデルの時刻歴運動解析を実施し,不安定化に及ぼす 関係の影響を調べた.実験及び解析の結果,支持地盤の脆性的な破壊によってアウトリガーに発生する急激な沈下は,クレーンを動的に不安定化させることを確認した.さらに,この動的不安定性は2つの沈下量の解析値,すなわち静的安定限界沈下量(S )に対する運動学的安定限界沈下量(k )の比によって指標化(r )できることを明らかにした.その結果,Er との関係,すなわち動的不安定性と地盤条件の関係を示すことが可能となった.

 以上の結果をふまえて,安定設置に必要な地盤の支持力安全率を検討した.この検討では,極限支持力に対する載荷圧力の比を地盤破壊危険度(p )と定義し,r に対する静的沈下危険度(s =発生沈下量(a )/s )の比を転倒危険度(k )と定義した.次いで,pk の不確実さを考慮した確率的な検討を実施し,地盤破壊に対する安全の確率(SP )と運動学的沈下に対する安全の確率(SS )を計算した.その結果,アウトリガーの急激な沈下発生を考慮すると,安定設置には支持力安全率(s )の値が3程度必要なことを示した.


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