労働安全衛生総合研究所

技術資料 TD-No.5 の抄録

プロセスプラントのプロセス災害防止のためのリスクアセスメント等の進め方

TD-No.5
島田行恭,佐藤嘉彦,板垣晴彦

 「リスクアセスメント等」とは,潜在する危険源の特定とそのリスクの評価(いわゆるリスクアセスメント)に,リスク低減措置を優先すべき危険源の判定,及び具体的なリスク低減措置の決定を加えた一連の手順のことをいい,事業者が行うべき労働災害防止対策の根幹となるものである.そのため,平成18年4月の労働安全衛生法第28条の2の規定の施行以来,化学物質に関わるリスクアセスメント及びその結果に基づく措置の実施(リスクアセスメント等)に取り組むことは,すべての産業の事業者の努力義務とされてきた.そして,そのリスクアセスメント等の適切かつ有効な実施を図るために,厚生労働省は平成18年に「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(危険性又は有害性等の調査等に関する指針公示第1号)のほか,「化学物質による危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(危険性又は有害性等の調査等に関する指針公示第2号)を公表して,その実施を促進してきた.このような背景から,リスクアセスメント等を安全管理活動の一環として実施している事業場は増えてはいるが,労働災害発生状況(統計)によると,労働災害による死亡者数や死傷者数の推移は,ほとんど変わっておらず,一時に3人以上の死傷者を伴う災害(重大災害)は,むしろ増加傾向にさえある.また,危険源の代表格である化学物質に着目すると,化学物質を取り扱う化学プロセス産業では,火災・爆発による死傷災害や事業場内及び周辺地域にも深刻な被害を与えるような事故が相次いでおり,リスクアセスメント等の実施が部分的あるいは不十分であることなどが指摘されている.

 平成26年6月25日に「労働安全衛生法の一部を改正する法律」(平成26年法律第82号)が公布され,一定の化学物質(通知対象物質の640種類)については,リスクアセスメント等を実施することが事業者に義務化され,平成28年6月1日から施行されることとなった.また,この法改正に伴い,前述の「化学物質による危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(危険性又は有害性等の調査等に関する指針公示第2 号)は廃止され,新たに同名ではあるが,化学プラント等の化学反応のプロセス等による災害のシナリオを仮定して,その事象の重篤度と発生頻度を考慮したリスクの見積りも考慮に入れられた「化学物質による危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(危険性又は有害性等の調査等に関する指針公示第3号)が公布され,改正労働安全衛生法の施行の日(平成28年6月1日)から適用されることとなった.

 実効性のあるリスクアセスメント等を実施する上で重要な点は「プロセス災害を発生させる潜在危険を如何に特定するか?」,「現実的に起こりうるシナリオを如何に同定するか?」である.従来のリスクアセスメント手法では,最初に「シナリオを導出すること」が求められたが,シナリオの同定では,物質・プロセス,設備・装置,作業・操作などの様々な視点からプロセスに潜在する危険源や,危険を顕在化させる事象を特定する必要があるなど,対象とするプロセスプラントや関連する作業・操作などに関する豊富な知識と経験が無ければ,これを完成することは非常に難しい.

 本技術資料では,プロセスプラントにおけるプロセス災害(漏洩・火災・爆発・破裂など)の防止を目的としたリスクアセスメント等の進め方を段階的にまとめている.最初に,取り扱い物質及びプロセスの特性に関する質問票に回答する形で物質及びプロセスに係る危険源を把握するとともに,過去の事故事例から起こりうる災害を確認する.次に,潜在する危険を顕在化させる事象(引き金事象)として,作業・操作や設備・機器の不具合,外部要因を特定する.そして,引き金事象からプロセス異常及びプロセス災害(結果事象)に至る複数のシナリオを同定する.各シナリオに対して,リスクの見積りと評価を行い,リスクレベルの高い順に並べる.リスクレベルの高い順にリスク低減措置の可否を検討し,低減措置を実施する.同時に,現場作業者への伝達事項もまとめておくことで,現場でのリスク認識,対応を促す.


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