労働安全衛生総合研究所

結晶質シリカの物性と毒性の関係について
—けい肺の発症予防に向けた取り組み—

1.はじめに


 職業性疾病であるけい肺は、結晶質シリカを含む粉じんの吸入が原因となって発症する肺疾患であり、最古の職業病として知られるじん肺の一種です。けい肺は、肺の線維増殖性変化を主体とし、玉ねぎ状のけい肺結節を伴うことが特徴で、根本的な治療法が未だになく、結核や肺がんなどの合併症のリスクも増加するため、非常に厄介な疾病です。けい肺は、最初のばく露から発症までの期間により、急性けい肺(数週間~5年)、急進けい肺(5~10年)、慢性けい肺(10年以上)の3つに細分化され、このうち、慢性けい肺が一般的な症例です。しかしながら、近年、結晶質シリカを取り扱う我が国の事業場において、複数の労働者が2~6年と極めて短期間のうちにけい肺を発症する事例がありました(基安発0927第2号)。本事例は、高濃度ばく露環境下にあったことが主な原因とされていますが、取り扱う結晶質シリカの物性面(純度、粒径、表面特性など)の特徴が影響した可能性も指摘されています。結晶質シリカは、半導体産業における需要が高く、増産傾向にあることから、今後の被害拡大も懸念されます。また、けい肺の特性上、発症すると生活の質に少なからぬ影響を及ぼすことから、発症予防のための毒性情報を収集することが急務だと考えられます。そこで、本コラムでは、結晶質シリカの迅速毒性評価法の確立を目指して、私たちが実施している研究について紹介します。


2.シリカについて


 けい肺の原因物質である結晶質シリカは、二酸化ケイ素(SiO2)が規則的に配列した結晶構造を持つ物質であり、石英、クリストバライト、トリジマイトなどの結晶多形が存在します。非晶質シリカも同様にSiO2で表される物質ですが、原子が不規則に配列しており、結晶構造を持たないことが特徴で、シリカゲル、石英ガラス、珪藻土が例として挙げられます。両シリカの毒性を比較すると、日本産業衛生学会が報告する吸入性粉じんの許容濃度では、非晶質シリカである珪藻土が0.5mg/m3であるのに対し、結晶質シリカは0.03mg/m3と非常に低い値が設定されていること、厚生労働省が定める作業環境測定における粉じんの管理濃度では、遊離けい酸の含有率、つまり、結晶質シリカの濃度を変数とした式から算出されていることからも、結晶質シリカの方が、非晶質シリカよりも注意すべき物質であることが伺えます。シリカの物性に起因した毒性の違いは、このような結晶構造の有無によるものがよく知られていますが、その他の物性的特徴による影響も関与していると考えられています。先述した事業場でも製造されていた結晶質シリカ粉末は、大きな珪石をミルで粉砕することで製造されており、その製造工程(珪石の選定、粉砕、洗浄、表面修飾など)を工夫することで、純度、粒径、表面特性等の物性的付加価値を付けた様々な結晶質シリカ粉末が各社から販売されています。物性が変わると毒性も変化すると考えられるものの、変数となる物性が多岐にわたるため、どのような物性が、いかにして毒性に関与しているのかについて、決定的な情報は未だ不足している状況です。近年、半導体産業を中心に、結晶質シリカの需要は、ますます高まっており、物性が多様化する結晶質シリカの毒性情報を収集することは、けい肺を予防する上で重要だと考えられます。


3.けい肺の発症メカニズム


 けい肺の診断は、X線やCTによる胸部画像検査によって行われており、けい肺結節を示す小陰影や、けい肺結節が融合した進行性広汎性線維化病変(PMF:Progressive Massive Fibrosis)と呼ばれる大陰影の有無が診断基準となります。これらの特徴的な病変が生じるまでの過程は、図1に示すように、①結晶質シリカ粉じんの吸入と肺胞への沈着、②免疫細胞による炎症反応、③線維芽細胞による線維化の大きく3段階に分けられます。吸入した粉じんは、その粒径に依存して到達する呼吸器の部位が変化することが知られており、けい肺の病変が生じる肺胞には、吸入性粉じん(4µm50%カットの分粒装置で捕集される粉じん:ISO 7708)と呼ばれる非常に小さな粉じんのみが到達します。肺胞に沈着した粉じんは、通常、細胞性免疫を担うマクロファージが主体となったクリアランス機構(異物を排除する働き)によって体外へ排出されますが、粉じんが結晶質シリカの場合は、マクロファージの損傷性が高く、細胞死を誘発するため、クリアランス機構が阻害されてしまいます。これにより、マクロファージのサイトカイン分泌が促進され、免疫細胞が活性化し、肺胞での炎症が引き起こされます。これに連鎖して、線維芽細胞が分泌したコラーゲンの過剰蓄積が起こり、線維化が進行、最終的には、コラーゲンや結晶質シリカから成るけい肺結節やPMFが形成されます。このような一連の流れから、マクロファージの結晶質シリカに対する反応は、けい肺発症のメカニズムを知る上で、重要な手掛かりと考えられています。


図1 けい肺の発症メカニズム

図1 けい肺の発症メカニズム



4.結晶質シリカの物性と毒性


 以上のことを踏まえ、私たちは、培養マクロファージに、物性の異なる結晶質シリカ粒子を作用し、その生存率やサイトカイン分泌量を測定することで、結晶質シリカの物性と毒性の関係を調べています。被験物質とした結晶質シリカ粒子は、変数となる物性を絞るため、粒径別にふるい分ける分級という手法を用い、①同一素材で粒径が異なる群(図2左)、② 同一粒径で素材が異なる群(図2右)の2つを用意しました。各群の中でマクロファージへの毒性を比較したところ、① 群では、マイクロサイズの粒子よりも、サブミクロンサイズ(<1µm)の粒子の方が強いこと、②群では、粒子間で最大2倍の差が生じることが判明しました。今回の被験物質は、すべて、純度が99%以上の高純度品であるため、安全データシート(SDS:Safety Data Sheet)上では結晶質シリカ(石英)に分類され、労働安全衛生法においては同じものとして管理されます。しかし、今回の結果は、現行の管理方法には反映されない結晶質シリカ粒子の物性的特徴により、毒性が変化することを意味しており、実際には、毒性の異なる粒子が混在した状況にあると考えられます。したがって、事業場で結晶質シリカのリスクアセスメントを実施する際には、その扱う結晶質シリカの物性的特徴と毒性を適切に把握することが重要であると考えられます。


図2 被験物質のイメージ図

図2 被験物質のイメージ図



5.赤血球を用いた迅速な毒性評価


 私たちは、結晶質シリカ粒子の毒性を予測する方法として、「溶血性試験」と呼ばれる試験方法の応用を検討しています。溶血性試験は、医療機器や医薬品といった血液に接触する物質に対して行われる安全性試験の一つで、被験物質による赤血球の損傷率を測定し、溶血作用の強さを判定します。溶血作用自体は、けい肺の発症に直接の関係はありませんが、この溶血作用のメカニズム(生体膜損傷)が、シリカ粒子の細胞傷害メカニズムに類似していると考えられているため、溶血作用の程度をシリカ粒子の毒性指標の一つにできるのではないかと期待されています。実際に3種類の異なる粒子A、B、Cの溶血性を比較した例を図3に示します。対照群の-と+は、それぞれ、何も添加していない陰性対照と、溶血する物質を添加した陽性対照を表し、溶血すると上澄みが赤くなり、色が濃いほど赤血球が損傷したことを意味します。粒子作用群の上澄みの色を比較すると、B<A<Cの順に濃くなることから、粒子の溶血性もこの順に強いことが分かります。私たちはこれまでに約30種類の結晶質シリカ粒子について、溶血性試験を実施してきましたが、やはり、粒子の種類、すなわち物性の違いによって溶血性が異なることが分かってきました。また、この溶血性試験の結果は、培養マクロファージの毒性試験の結果と相関性があることも分かってきています。溶血性試験は、培養細胞を用いた毒性試験よりも短時間で行えることから、多検体の毒性を迅速に評価する方法としての利用が期待できると考えています。


図3 溶血性試験の実例

図3 溶血性試験の実例



6.おわりに


 我が国におけるじん肺の患者数は、作業環境の改善や保護具の着用などの対策が進んだことで減少傾向にあります。一方で、オーストラリアでは、近年、キッチンのベンチトップとして人気のある人造石の加工に従事する労働者の間で、急性と急進を含むけい肺の患者数が急増していることが報告されています。この急増の原因は、人造石の成分の約90%が結晶質シリカであり、けい肺の発症リスクが高い物質であったことに加え、その有害性の周知が遅れたことにあると言われています。けい肺の患者数が増加する原因となった職業は、鉱山・トンネルの掘削や、ジーンズのダメージ加工等に用いられるサンドブラスト、上記の人造石の加工など、時代の変遷とともに変化しています。近年、我が国の事業場で問題となった珪石の粉砕加工も、発生する粉じんの毒性の高さや、半導体産業における需要増加に伴う増産などの要因から、その一つになりうる職業だと考えられます。今後も物性が多様化するであろう結晶質シリカについて、その毒性情報を迅速に提供することで、情報不足によるけい肺多発事例の防止に貢献できるよう努めてまいります。


(有害性評価研究部 任期付研究員 天本 宇紀)

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