労働安全衛生総合研究所

「すべり転倒」の実態と評価・対策について

1.はじめに


 ここ数年間、休業4日以上の労働災害の中でも転倒災害の割合は最も大きく、また、その割合は増加傾向にあります。このような状況から、様々な転倒災害防止対策が講じられています。労働現場の転倒災害として、「清掃していた際に濡れていた床ですべって転倒した」、「通勤中に自家用車を駐車場に止めた後に輪止めにつまずいて転倒した」などがあります。このような事例は、ヒヤリ・ハットも含めて誰しも身近に経験していると思います。この「すべり」や「つまずき」を原因とする転倒災害は全体の6割~8割ほどを占めており、全死傷者数の増加を押し上げている原因でもあると言えます。
本コラムでは、転倒災害で大きな割合を占める「すべり転倒」について、実態と評価・対策について紹介します。


2.「すべり」を原因とする転倒災害について


 転倒災害で最も起きやすい「すべり転倒」ですが、その半数が年齢に関係なく骨折を伴う災害であり、決して軽微な災害ではありません。労働安全衛生総合研究所の調査1)によれば、「すべり」を原因とする転倒災害では、冬季においては氷面で最も多く、夏季においては水系の濡れた面で最も多いことがわかっています(図1)。また、氷によるすべり転倒は屋外で、水系によるすべり転倒は屋内で多く発生しています。冬季の氷面は当たり前のように感じますが、夏季の水系の濡れた面については、よりすべりやすそうなイメージのある油系ではないことから意外に思うかもしれません。油系ほどにはすべらないだろうという先入観から、水系の濡れた面に対して対策を取らない、あるいは注意しない、という可能性があります。実際に水濡れ面と油塗布面で靴をすべらせる実験を行うと、水濡れ面に比べ油塗布面の方がすべりやすい結果になりますが、水濡れ面でも簡単に人をすべらせることができる位のすべりにくさ(耐滑性)しかない状態になります。


図1 月別のすべり転倒事故件数(2011年,2012年)

図1 月別のすべり転倒事故件数(2011年,2012年)


3.耐滑性?摩擦係数??


 屋内・屋外問わず、どの労働現場においても発生し得るすべり転倒災害ですが、どのように防止すればいいのでしょうか? それには、床・地面と靴底のすべりにくさ(耐滑性)を向上させることが必要です。JIS(Japanese Industrial Standard、日本産業規格)に定められている耐滑性には、安全靴(JIS T 8101)2)と作業靴(JIS T 8108)3)に対する基準があります。この基準を満たす耐滑性を有していると、耐滑性のある安全靴あるいは作業靴として表記して良いことになっています。靴を選定する際にはぜひとも参考にしていただきたい項目です(表示される記号はF1,F2)。JSAA(Japan Safety Appliances Association、公益社団法人日本保安用品協会)が定めるプロテクティブスニーカーにも耐滑性の基準があります。
 耐滑性を考える上では、「摩擦係数」という物理的な数値がカギとなります。摩擦係数というと聞き慣れないかも知れませんが、"摩擦が高い"、あるいは"摩擦力が高い"というような言葉は耳にしたことはあるかと思います。「摩擦係数」はその摩擦力の大きさの程度を表す数値です。正確に表現すれば、水平方向の摩擦力を鉛直方向の垂直荷重で除した比となります。摩擦係数は、0に近づけばすべりやすく、大きくなるほどすべりにくいことを表します。つまり、摩擦係数が低い=耐滑性に劣る=すべりやすく危険、と言うことができます。
 摩擦係数を測定する場合、すべりという相対運動を伴うため必ず2つの接触する面が必要となり、材料の固有値とはなりません。必ず組み合わせで考える必要があります。さらに、接触する面は材料の「表面」に相当します。均質で均一な固体内部に比べ、表面には凹凸があったり、気体や液体が付着していたりなど同じ材料の中でも表面は別物と言えます。そんな「表面」同士が接触するすべりにおいては、材料の組み合わせ、表面の形状、濡れ具合などにより摩擦係数が大きく変化します。前述のJISの摩擦係数による耐滑性の基準は靴に与えられるものですが、実は全ての床・地面に対応するものではなく、JISの試験方法に定められている床材料、形状、濡れ条件といった組み合わせにおいて高い摩擦係数を示し耐滑性を発揮するものです。つまり、耐滑性があると言われている靴とはいえ、JISの試験方法とはかけ離れた労働環境であれば耐滑性があるかどうかはわからない、ということになります。
 さらに、靴を選べない場合や浴槽などを裸足で作業する場合、床面・路面の方で耐滑性を発揮する必要があります。JISには床材の耐滑性を測定する試験方法の定め4)はありますが、耐滑性の基準の定めはありません。また、その耐滑性の評価にはC.S.Rという摩擦係数の親戚のような指標を用いますが、力の最大値を用いて算出します。最大値を用いることは、後述のすべり出しにくさや、すべりの止まりやすさといったすべり現象を捉え切れていない可能性があり、注意が必要です。


4.現場の「すべり」を機械で評価する


4.1 すべり出しにくさ


 労働環境において耐滑性を評価するにはどうしたらいいのか?ということになりますが、最も確実な方法は、実際の労働現場において摩擦係数を直接測定することです。現在、実際に使用する靴を装着して労働現場に持ち込める測定機が開発され、市販されています。例えば、押倒し方式の靴・床すべり測定機(図2)5)では、スプリングにより荷重を付加し、レバーを押し倒すことにより静摩擦係数を測定することができます。静摩擦係数とは、すべり始める瞬間の値であり、地面に着いた足のすべり出しにくさと関りがある指標です(図3)。この靴・床すべり測定機を用いて、スーパーマーケット店舗内におけるすべりやすさマップを作成した事例があります(厚生労働省、労働安全衛生総合研究所)(図4)6)。このマップでは、摩擦係数を基に3段階にすべりやすさを判定しており、マップを使った事業者によるリスクアセスメント実施を目指しています。なお、ここでも、"摩擦係数は床・靴底の状態や歩き方によって変化するため、本判定は参考基準としてお使いいただき、独自に摩擦係数等を測定することをお勧めします"と記載があります。摩擦係数を測定する場合には、最低でも3回、可能であれば10回ほど同じ条件で測定し、平均値を用いることが推奨されます。このすべりやすさマップでは、厨房用の靴を用いて判定した結果、塗床の剥離した面、グレーチング、レタスの上などがすべりリスクが高いとされています。 ただし、次に示すように、静摩擦係数(すべり出しにくさ)のみでは、実際のすべり現象を捉えるには少々不足と言えます。


図2 押倒し方式の靴・床すべり測定機

図2 押倒し方式の靴・床すべり測定機

図3 静摩擦係数のイメージ

図3 静摩擦係数のイメージ

図4 スーパーマーケット店舗内のすべりやすさマップ

図4 スーパーマーケット店舗内のすべりやすさマップ


4.2 すべりの止まりやすさ


 筆者らが開発した手押し方式の移動型静・動摩擦測定システム(図5)7-9)では、重りをのせ、カート形状の装置を押すことにより、静摩擦係数と動摩擦係数を測定することができます。動摩擦係数とは、すべっている最中の値であり、すべり出した足の止まりやすさと関りのある指標です(図6)。このシステムの長所として、現場に持ち込んで測定できること、静摩擦係数と動摩擦係数が同時に測定できることが挙げられます。床・靴底の状態によっては、すべり出しにくいが止まりにくいといった特性を示す場合もあるため、静摩擦係数と動摩擦係数の両方を測定することが理想です。図7に、このシステムで実際に測定した場合の静摩擦係数と動摩擦係数の分布のイメージを示します。ここでは、水や洗剤水で濡らした樹脂床に対して様々な靴で測定しています。すべり出しにくいが止まりにくい場合(図7での右下の領域)というのは、すべり出す限界は高いものの、ある時点で一気にすべり出す、といった感じです。静摩擦係数(すべり出しにくさ)のみを測定するとこういった状態を見逃す可能性があります。特に、図7を見て分かるように、動摩擦係数(止まりやすさ)が静摩擦係数(すべり出しにくさ)よりも低い状態というのは濡れたゴム材料では一般的な性質となります。転倒直前の身体のバランス回復の観点から、動摩擦係数(すべりの止まりやすさ)は重要な指標と言えます。前述の安全靴のJISの評価でも動摩擦係数(すべり速度0.3 m/s)が採用されています。どの位の値であれば安全に歩行できるかはまだ議論がなされていますが、静摩擦係数・動摩擦係数がともに0.4位以上であれば概ね安全とされています(図7での右上の領域)。手押し方式の移動型の静・動摩擦測定システムでも、複数回の測定の平均値を用いて評価することが推奨されます。そして、どのような測定機でも共通ですが、定期的に測定することが推奨されます。床面・路面と靴底には様々な意匠やコーティングが施されている場合が多く、使用とともにすり減っていき劣化します。この摩耗・劣化は摩擦係数を大きく変化させるため、一度測定しただけでは不十分であり、定期的に確認する必要があります。
 図7は水系の濡れた面に対する耐滑性の測定例ですが、氷面に対する耐滑性の測定例を図8と9に示します。図8では、スタッドレスタイヤの性能でよく耳にする、いわゆる乾いた氷面に対するものですが、適切な靴底を選択すれば歩行することができなくもない、ということが分かります(この場合の測定した靴底にはスパイク付きのような硬い凹凸のあるものは含まれていません)。一方、図9に示す濡れた氷面に対する測定例では、安全に歩行することは絶望的と言えます。つまり、夜間に気温が氷点下まで下がりカチカチに凍結した路面よりも、次の朝に日が昇り気温が上昇して解け始めた路面の方が注意する必要があるということになります。その際、スパイク付きの靴底ならば話は別ですが、靴の種類のみで対応することは困難であり、後述の多面的な対応が必要と考えられます。
図5 手押し方式の移動型静・動摩擦測定システム

図5 手押し方式の移動型静・動摩擦測定システム

図6 静摩擦係数,動摩擦係数と転倒の関係

図6 静摩擦係数,動摩擦係数と転倒の関係

図7 静摩擦係数と動摩擦係数の分布のイメージ(水系で濡れた面に対して)

図7 静摩擦係数と動摩擦係数の分布のイメージ(水系で濡れた面に対して)

図8 乾いた氷面に対する静摩擦係数と動摩擦係数の分布

図8 乾いた氷面に対する静摩擦係数と動摩擦係数の分布

図9 濡れた氷面に対する静摩擦係数と動摩擦係数の分布

図9 濡れた氷面に対する静摩擦係数と動摩擦係数の分布



5.現場の「すべり」を自分で評価する


 摩擦係数を測定することは、労働環境における耐滑性を評価するにあたり極めて有効な方法ですが、測定機を導入する余裕なんてない!ということもあるでしょう。そういうケースの方が多いかも知れません。測定機によらず耐滑性を評価する簡便な方法は、「自分の体感に頼る」です。まず、すべり転倒が発生した場所で被災者と同様の靴を用いて足を軽くすべらせてみましょう.もちろん、自分が転倒しないように注意してください。どのくらいの軽い力で足をすべらせられるかわかるはずです。次に、全くすべり転倒が発生していない場所で同じように足をこすってみてください。かなりの力がなければ足がすべらないはずです。大概の床と靴との間のすべりにくさ(耐滑性)はその間にあるといえます。そして、自分の中でこの位ならすべりやすいな、すべりにくいなという基準を作ってみてください。自分が場所を移動するたびにその基準を当てはめていきます。少々面倒ですが、判定するのは一瞬でいいと思います。結果として転倒災害やヒヤリ・ハットに至らなくても、自分の基準ですべりやすいと感じたら他の人とその情報を共有してみてください。この 「自分の体感に頼る」方法では、耐滑性を簡便に評価できるということもありますが、すべりの意識を自分で持てるということが大きな魅力です。


6.作業環境から「すべり」を防止する!


 これまでの方法により耐滑性が低いと判定された場合は、耐滑性を向上させる必要があります。靴の耐滑性の向上には、JISやJSAAに耐滑性を有すると認定された安全靴・作業靴の採用が望ましいです。JISやJSAAに認定される耐滑性は、油を塗布した平滑なステンレス板上にて発揮されるものですので、この環境に似ているかを確認する必要があります。ちなみに、JISやJSAAに認定される耐滑靴は、平滑な水濡れ面でも十分に耐滑性があります。他にも、粉体上で耐滑性を有する作業靴、氷上で耐滑性を有する長靴などが市販されています。耐滑性を有する靴はすり減ると効果が小さくなりますので、早めに新しい靴と交換しましょう。そのためにも、測定機でも体感でも良いので定期的な耐滑性の確認は必要です。
 屋内の床面の耐滑性の向上について、前述のように水系で濡れた面でのすべり転倒が多く見られることから、清掃などで濡れた面を放置しないこと、防滑と呼ばれる表面を粗くする加工を施すことが望ましいです。作業上、乾燥状態を保つことが難しい場合に有効な防滑加工ですが、靴底が摩耗しやすい、清掃しにくいなどのデメリットもあるため、濡れが想定される総菜・鮮魚・精肉部門の床面やスロープ、多くの通行者が見込まれる通路等に限定して施工するのが適切といえます。また、近年、浴室に耐滑性のある床材を採用する例も増えています。床面に関しても、定期的な耐滑性の確認は必要です。
 屋外の床面・路面の耐滑性の向上について、氷によるすべり転倒が多く見られることから、凍結防止剤を散布すること、氷面を砕いて路面を露出させること、すべり止め剤の砂を散布することが望ましいです。凍結はいつ・どこで発生するのかわかりにくく、凍結防止剤やすべり止め剤もタイミング良く調達できるとも限りません。屋外の凍結路面に関しては、濡れた氷上でも耐滑性を有するスパイク付きなどの靴を準備しておく、氷上ですべりにくい歩行パターンを習得する、すべる前提ですべったとしても転倒しないように手すりを配置するなど、多方面からの対策が必要となります。


7.自分で「すべり」を防止する!


 これまで、作業環境のハード面からすべりを防止する方法を述べましたが、人間側のソフト面からもすべりを防止できることがあります。それは、すべりにくい歩き方をすることです。足から地面に伝わる力を小さくなるようにすれば良いのです(図10)。具体的には、①歩幅を小さくすること、②膝を曲げて、足裏前面で接地するように歩くこと、③上体を少し前傾させて歩くこと、④歩行率(歩行のテンポ)を少し上げること、が有効です。①以外はいずれも、体の重心がより前になるような姿勢になります。都心部で降雪が予想されるとよく報道で特集される歩き方と基本的に同じです。一方で、すべりやすい動作を行わないことも必要です。方向転換時や歩行停止時等は、足から地面に伝わる力がより強くなりすべりが発生しやすくなりますので、すべりやすいと予想される場所では小刻みにゆっくり方向転換すること、急に止まらずにゆっくり止まることを心がけてください。


図10 すべりにくい歩き方の例

図10 すべりにくい歩き方の例



8.おわりに


 信じられないかも知れませんが、労働災害以外でも、不慮の転倒事故で亡くなる方の数は交通事故を上回っています。転倒は、立っている限り誰にでも起こり得るリスクの高い災害です。本コラムでは転倒災害の中でも多く見られる「すべり転倒」に関わることを述べましたが、本コラムが転倒災害防止への意識改革となるきっかけになることを願っています。


参考文献

  1. 大西明宏: 休業4日以上の労働災害における転倒原因 -月ごとの集計から見た特徴―, 人間工学, 56 (3), 101-107,2020.
  2. JIS T 8101 (安全靴), 2020.
  3. JIS T 8108 (作業靴), 2020.
  4. JIS A 1454 (高分子系張り床材試験方法), 2016.
  5. https://trinity-lab.com/tl501.html.(株式会社トリニティーラボ)
  6. (独)労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所:スーパーマーケット店舗内の滑りやすさマップ 滑りによる転倒災害を防止しましょう!, https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/houkoku/houkoku_2016_04.html, 2016.
  7. 野村修平, 野村俊夫, 堀切川一男, 山口健, 柴田圭: 移動型靴/床静・動摩擦係数測定システムの開発, 日本トライボロジー学会トライボロジー会議2014春 東京, A22.
  8. Kei Shibata, Shunta Abe, Takeshi Yamaguchi, Kazuo Hokkirigawa: Development of Cart-Type Friction Measurement System for Evaluation for Slip Resistance of Floor Sheets, Journal of Japan Society for Design Engineering, 51 (10), 721-736, 2016.
  9. 一社)日本人間工学会: 人間工学グッドプラクティスデータベース, ED-156 「移動型靴/床静・動摩擦係数測定システム「μ-cart」」, https://www.ergonomics.jp/gpdb/gpdb-list.html?gddb_id=108, 2020.

(リスク管理研究グループ 任期付研究員 柴田 圭)

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