労働安全衛生総合研究所

在宅勤務環境の評価と改善

1.はじめに


 近年、新型コロナウィルス感染症のまん延をきっかけに、多くの方が在宅勤務を行うようになりました。在宅勤務では、適切な環境で作業に従事できるとは限らないため、在宅勤務者は不自然な姿勢で作業を行い、首・肩や腰の痛み、さらには作業効率の低下をもたらすことがあります。しかし、具体的にどの様な作業環境が身体の痛みや作業効率に悪影響を及ぼすのかは十分に検討されていません。私たちは、在宅勤務者の作業環境(机、椅子、情報機器端末など)と姿勢・動作との関係を実験・調査し、在宅勤務環境が作業者の自覚的な痛みや作業効率に及ぼす影響について検討しました。ここでは、その研究成果について紹介いたします。


2.在宅勤務環境の問題点と改善点


 在宅勤務環境について、日常生活で使っているダイニングテーブル、ダイニングチェアー、こたつ、座椅子を在宅勤務で使用することには良くないイメージがあります。しかし、不自然な姿勢が強いられなければ、これらの作業環境は特に問題はありません。一方、ソファに座りながらのノートパソコンやタブレット操作は快適と思われがちですが、テーブルを使用しない場合、首を大きく曲げることになるため、首・肩への負担が大きく、痛みを招く恐れがあります。また、キャンプ用の小さな簡易テーブル、背もたれのない座布団、小型のノートパソコンやタブレットの使用は作業効率を低下させます。これらのことから、在宅勤務において身体の不調や作業効率に問題を感じる場合、身体に合った机、背もたれのある椅子、大きなモニタを使用することが一つの解決策になると思われます。私どもは、これらの内容を含めた在宅勤務環境の問題を自己評価できるパンフレット「在宅勤務環境のセルフ評価と改善策」(在宅改善パンフレット)を作成し、研究所のホームページにて公開しています(図1)。


パンフレット「在宅勤務環境のセルフ評価と改善策」
図1. パンフレット「在宅勤務環境のセルフ評価と改善策」

3.改善の根拠


 在宅改善パンフレットにおける改善の根拠となる研究は二つあります。一つは、実験室において在宅勤務時の使用が想定される什器や情報機器端末を用いて、それらが作業姿勢・動作に及ぼす影響を検討した実験室実験です(研究①)。もう一つは、実際の在宅勤務で使用されている什器および情報機器端末が自覚症状や作業効率に及ぼす影響について検討したアンケート調査です(研究②)。

 研究①の実験には健常な男女21名が参加しました。在宅勤務時に使用が想定される様々な机、椅子、情報機器端末を組み合わせた12の実験条件において、実験参加者に電子資料の閲覧と入力作業を30分間行なわせたました。実験の結果、「ダイニングテーブル・ダイニングチェアー・デスクトップPC」を使用した実験条件と「こたつ・座椅子・ノートPC」を使用した実験条件では、首、肩、腰の関節は身体的に負担となる角度に達しておらず、また主観評価にも問題はありませんでした。一方、「机なし・ソファ・タブレット」の実験条件では、首の前屈角度が大きくなり、負担となる角度に達していました。さらに、肩の左右バランスは5度以上左側に傾斜しており、肩にかかる負担が不均等と考えられました(図2:A1~A3)。

 また、情報機器端末の影響を検討するため、同じ机・椅子を使用して、情報機器端末を変化させた実験条件で比較しました(図2:B1~B3)。作業姿勢の差は若干ありますが、いずれも身体に負担のかかる角度には達していませんでした。しかし、同じノートPCを使用しても、机と椅子が異なる実験条件で比較してみると、机なしの場合は身体に負担の掛かる作業姿勢となりました(図2:C1~C4)。これは、膝に置かれたパソコンを見るために首を大きく曲げることで首・肩の疲労や痛みを生じていた為と考えられます。また、机と背もたれがないため上半身のサポートがなく、上肢を含めた上半身の重量が腰にかかり、腰部の負担が大きくなっていたと思われます。これらの作業環境において長時間姿勢を変えずに作業を続けることは、首・肩や腰に不調をきたし、慢性的な痛みにつながる可能性があります。


図2. 机、椅子、情報機器端末の組み合わせが姿勢動作への影響

図2. 机、椅子、情報機器端末の組み合わせが姿勢動作への影響


 研究②の調査には4112名の在宅勤務者が参加しました。調査の結果、首、腕、腰、下肢の痛みを訴えた者は、女性および労働時間が長いほど多くなる傾向がありました。使用している机のうち、ワークデスク、ダイニングテーブル、こたつは、首と腰の痛みと関連していませんでしたが、その他の机である小型のキャンプテーブルや子供用机などでは首・腰の痛みと関連していました。使用する椅子のうち、ソファおよび座布団は首の痛みと関連し、座布団および座椅子は腰の痛みと関連していました。在宅勤務者が感じる主観的な作業効率は、その他の机、座布団、ノートPC、その他のPC(タブレットPCやスマートフォン)において低くなる傾向がありました。この調査結果をまとめると、在宅勤務では、「ワークデスク・ワークチェアー・デスクトップPC」を使用して仕事に取り組むことが理想と思われます。しかしながら、部屋の広さや費用の問題から、「ダイニングテーブル・ダイニングチェアー・ノートPC」や「こたつ・座椅子・ノートPC」といった組合せで作業が行われがちなことも事実です。ワークデスク、ワークチェアー、ダイニングテーブル、ダイニングチェアー、デスクトップPC、ノートPCの使用は首と腰の痛みとの関連がなかったため、在宅勤務において問題はないと考えられます。一方、キャンプテーブルや子供用机などの身体に合っていない机と座布団などの背もたれのない椅子の使用は、身体的負担を増大させ作業効率の低下を招く恐れがあります。


4.まとめ


 在宅改善パンフレットでは、在宅勤務における作業環境を自己評価していただくことで問題点を抽出し、その解決のための改善策を提案しています。記載されている改善策だけで全ての問題を解決できるとは限りませんが、現在の状況を少しでも良い方向に進めるための「はじめの一歩」として取り組んで頂ければと思います。


参考文献

  • Tanghuizi Du, Kazuyuki Iwakiri, Midori Sotoyama, Ken Tokizawa (2022) Computer and furniture affecting musculoskeletal problems and work performance in work from home during COVID-19 pandemic. J Occup Environ Med, 64(11), 964-969.
  • Tanghuizi Du, Kazuyuki Iwakiri, Midori Sotoyama, Ken Tokizawa, Fuyuki Oyama (2022) Relationship between using tables, chairs, and computers and improper postures when doing VDT work in work from home. Industrial Health, 60, 307-318.

(人間工学研究グループ 研究員 杜 唐慧子)

刊行物・報告書等 研究成果一覧